退屈

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「退屈」  週末の朝日が昇る頃、そっと家を出ていこうとしたら、たまたまトイレのため起きていた息子に見つかった。 「パパ!どこへいくの!」 「ああ、ちょっと、仕事にな…」 「うそだ!お空飛びにいくつもりなんでしょ!」  私の行動パターンは五歳の息子にも筒抜けのようだ。  息子は火のついたように泣き出した。 「今日まつりで金魚すくいやるっていったじゃん!約束したじゃん!」  こうなったらもう手がつけられない。私は早々に退散することだけを考えていた。 「今日はおばあちゃんと留守番してな。いい子になっ。じゃあ!」 「きんぎょーすーくーいー!」  泣きわめく息子を置いて私は家を出た。  車に乗ってしばらく走ると、今日行動を共にする仲間たちと合流した。 「おう、待ってたぜ。どうした、さえない顔だな」 「いやあ、息子との約束破っちゃってさ…」 「気にするな。まずは自分が楽しまないとな」 「ああ」  私は父親になってからというもの、これらの友人達と、スカイダイビングをする趣味があった。  新婚旅行で体験したのをきっかけに、空を飛ぶ魅力にハマってしまったのだ。 友人にもその楽しさを布教して、今では八人のダイビング仲間を数えるまでになっていた。  車の中でバカ騒ぎをしながら私は大声で喋った。 「この空を飛ぶ楽しさに比べたら、金魚すくいなんて退屈でやってらんねえわな、ははは」  「こんど縁日で金魚すくいをやろう…」数日前の息子との会話である。息子との約束を破った罪悪感が少々残っていたが、その気持ちをエナジードリンクで無理矢理打ち消した。    ダイビング体験場に到着すると、私は早速ジャンプスーツに着替え、ヘルメットとパラシュートを着用した。    私たちを降下ポイントまで連れていってくれるセスナ機も到着し、全員がその機体に乗り込む。    セスナ機が離陸する。その時、背後からもう一機のセスナ機が後を追うようについてくるのが見えた。 「別のダイバーかな?かち合わなきゃいいけど……まあいいや」  降下ポイントにまでセスナ機が上昇を終えると、仲間が次々とダイビングを開始した。仲間の姿が一瞬で豆粒になる。この飛び降りる瞬間の緊張感がたまらない。  そして私の番を迎えた。 「それでは不肖私、二分弱のお空の旅へ行ってきまーす!」   そう叫んで私は勢いよく飛び出した。  空中に身を投じると、仲間がてんでんばらばらに点在しているのが見えた。風圧に顔を歪ませながら思い思いの動きをして楽しむ。  その時である。後方を飛んでいたあのセスナ機が、急に奇妙奇天烈な動きをして我々の降下に合わせて高度を下げてきた。その動きはさながらUFOのようであった。  そしてそのセスナ機の底面がパカッと開き、光を照射してきた。その光に照らされたダイバー仲間は急に重力を無視して上昇し、そのセスナ機に吸い込まれていった。 私は風圧で頬をゆがませながら焦っていた。 「な、なんだ一体!」  カクカクと動きながら光の照射を繰り返し、仲間の八人を次々と回収していく不気味なセスナ機。そして最後に私が、その光の網にかかり、回収されていった。 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 「ああ面白かった」 「そうか、楽しんでくれたか、息子よ」 「うん」 「でも人間は八十年は生きるからね。責任持って飼わなくちゃダメよ」 「わかったよ、母さん」  ヒトを回収し終えたセスナ機の内部。外見とは対照的な未来のデザインで、見たことのない高性能の機器が並んでいた。座席の後ろには檻が作られ、そこには九人の人間が捕らえられていた。席に座っている人外の姿をした生物達がしゃべる。 「また今度やるか。人間すくい」 「うん。やりたいやりたい。人間すくいをやる楽しさに比べたら、反重力エンジンで空を飛び回るだけなんて退屈でしょうがないよ、ははは」 (了)
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