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僕が初めて隣の子ども達と対面したのは、母の田舎から届いた林檎を『御挨拶返し』に届ける任務を言い付かり、隣家を訪問した時だった。
呼び鈴に軽やかに応え、ドアを開いたのは美人な母親だった。
あの日チラ──と見た時と違い、普段着のジーンズがとても若々しく見えた。
僅かに頭を下げ、林檎の入ったビニール袋を差し出すと、恭々しく受け取り礼を口にしながら、
「ミオハ、タカネ、ちょっと来なさい──」
奥の部屋へ声を張った。
程なく現れたのは女の子で、恥ずかしそうな様子で『こんにちは』と口にすると母親の陰に身を引き、そんないじらしい様子は僕の気持ちをふわん──と解すものだったけれど、残念な事に母親ほど器量が宜しく無くて、腫れぼったい瞳瞼に歯並びの悪さだろうか、口許に清潔感が無かった。
本音を言うと、『年頃の女の子』に少しばかり期待をしていた僕はガッカリを隠すのに苦労をした。
「娘の澪葉です。──タカネ、何をしてるの、早くいらっしゃい──」
助け舟を求めるように、僕はもう一人の登場をひたすら待った。
慌てる様子も無く、如何にも怠惰気に現れた男の子は、こちらは母親とよく似た大変美しい面立ちの少年だった。
黒目がちな潤んだ瞳で、威嚇でもするように僕を真っ向から見据え、小さく『こんにちは』と呟いた。
先に紹介された女の子と同じ抑揚の同じ台詞なのに、随分と印象が異なる事に、僕自身が驚いてしまっていた。
「息子の嵩祢です。真奈人さんの一学年下になります……」
息子の肩を抱くような仕草を見せた母親は、
「仲良くしてやって下さいね」
聞き惚れるほどの優しい声音は、何処までも耳に心地良かったけれど……
僕はまるで蛇に……とんでもなく麗しい魅惑の蛇に睨まれた蛙のような心持ちで、嵩祢と言う男の子から視線を逸らす事が出来ず、玄関口で硬直していた。
林檎を届けたあの日から、僕の心にあの嵩祢と言う魅力的な男の子が住み着いてしまったようで……
今こうして、自分の部屋にいても、勝手知ったる隣家の部屋を思い、彼が触るだろうあの装飾の凝ったドアノブや、その姿を写すのだろう洗面所の大きな鏡なんかを意識に乗せては楽しんだ。
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