巨人たちの記憶

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巨人たちの記憶

 そこは、細かい砂が舞い降り続けているような霞がかった空間だった。  斜め上方から差し込む光が、幾重にも折り重なる光の筋を作っている。  彼が見回すと、植物にも見えなくもないずんぐりした人型の何かが、その光の方向に平たい頭部を向けて喜びの表情を浮かべていた。  同じようなそれが、空間の底部にぽつぽつと不規則にいくつも並んでいる。  彼はふと、「太陽光パネルのようだな」と思った。  しかしすぐにその思考の違和感に気づく。  ……太陽光……パネル?  なんだそれは。 「コルタス」  巨人たちが並べたとされる、草原や斜面にある大きい青い板のことか?  それよりなぜ、俺は巨人の言葉を知っている?  俺にネゴシエーターの才能でもあるのか?  ……いや、これは……巨人の記憶……? 「おい、コルタス」  そう、俺はコルタス。ホルビトのシーフ(盗賊)さ。  生まれてこの方、巨人とは何の縁も――。ん……?  コルタスが目をあけると、ノームのビショップ(司教)が覗き込んでいた。 「ダンか」 「大丈夫か、コルタス」  ようやく状況に頭が追いついたコルタスが重い上体を起こした。  木のベッドが(きし)む音が、杉林に囲まれた村ウォルペの昼前の空気に響く。 「いつウォルペに戻ったんだい?」 「昨日だ」  ダンはそういいながら、コルタスの右手首の脈をとった。  この元メイジ(魔法使い)のビショップは最近プリースト(僧侶)の呪文を覚えてきたためか、もともとの知的な雰囲気もあいまって医者に見えなくもない。 「ふむ。病気ではいな。 レナンの看病役が寝込んでてどうする」 「いや、昨日今日、少し寝込んでただけで……。 もうだいぶ良くなったところだよ」  脈診から解放されたコルタスが、そう言い訳しながらベッドから抜け、室内用のスリッパを履く。  まだ目眩があり、足元がおぼつかない。 「それで、どうだった? 半年前のオーゴスと何か変化があったかい?」  ダンは旅人のままの格好をしていた。  どうやらウォルペに戻り真っ先にここに来たらしい。  愛用の杖を磨くように触れながらコルタスの問いに答えた。 「うむ。巨人族の気配が全くなくなってしまった。 以前は動いていた彼らの機械さえも、まるで何年も前に壊れてしまったかのように廃墟化していた。 さらに、街道には魔物が増えている。 今回の旅ほど、転移(テレポーテーション)を覚えてからビショップに転職すれば良かったと思った旅はない」 「巨人の存在が過去のものになったのか……」  コルタスは、先の夢を思い出していた。  太陽光パネル……だったか?  なぜ、巨人の情報が自分の夢で?  いったい、何がこの世界と自分に起きているのか。 「まぁ、つもる話は後ほどにしよう。 それより、レナンのところに行った方がいいんじゃないか?」  レナンは、コルタスとダンの冒険パーティーのメンバーで、コルタスと同じホルビト族の女プリーストである。  ダンはなぜかレナンのこととなるとコルタスに対して少し棘が出る……気がしている。  いや、もしかしたら“あの子”に対しての何かなのか……。 「そうだね。 今日はまだレナンの様子を見に行ってない」  そういって、コルタスはふらつく足を制しながら身支度を始めた。 「俺は村長のところに行ってくる。 今後のことについて話がある。 あとで俺の家に来てくれ」 「わかった」  そして、ダンと別れたコルタスはレナンの家へと向かった。  陽気な鳥の鳴き声が、暑い日々の準備をしていた。  *  ここウォルペは山あいの集落である。  杉山を越えてはるか隣国まで続く巨人たちの登山道の脇に、身を潜めるようにホルビト族とノーム族が暮らしている。  巨人たちがいなくなって、村に接する登山道も落ち葉と雑草で荒れ放題である。  もし巨人たちがまだいたなら、この世界は彼らから見たら小人であろうわれわれのやりたい放題のように見えるかもしれない。  が、実際には逆である。  というのも、われわれ小人は少なからず巨人たちが開拓した環境の中で生きている。  中には巨人たちも手をつけないような自然の中を好む変わり者もいるが、ほとんど多くは巨人たちが拓いた道や建物の片隅で暮らしている。  小人といっても、高身長のエルフ族やヒューマン族なら彼らの膝関節ぐらいの身長はある。  よく見ればその存在に気付くはずだが、信念波動が固い巨人たちは決してわれわれを見ようとはしなかった。  もし見たとしてもほとんどが目の錯覚だと自らにいい聞かせるのだという。  以前はそういった波動的死角を持たぬ巨人と交流するネゴシエーターと呼ばれる変わり者もいたらしいが、少なくともコルタスはそういう小人をひとりも知らない。  そのため、彼らの言葉も文化もまるで謎……のはずだった。  太陽光パネル、軽トラック、スニーカー、猫の爪切り、ニッポン、期末テスト……。  なぜか、コルタスの記憶には今はなき巨人たちとネゴシエーターしか知り得ないような言葉と概念の数々が、ふとした瞬間に沸き起こった。  しかし、それでいて自分はホルビト族の若者である自覚はしっかりとあり、早くに亡くした両親の記憶さえもしっかりあるのだ。  杉の細い枝葉からあふれる光が眩しい。  少し歩くにも息が切れる。  シーフ・クラスのプライドとしていつも身につけている短刀と罠解錠ピックが、病み上がりの身体には重い。  様々な疑問が頭をよぎりつつも荒れた道を転ばぬようにコルタスは歩いた。  杉林が少し開け、谷間を挟んだ向かいの山が見えた。  春霞に拡散された陽光に、とこか異国の風情を感じる。  (すね)をくすぐるシロツメクサをかき分けて、村の中でもひときわ質素な家の扉をノックした。 「はい」  ヒナゲシを思わせるような明るい声が家の中からした。  しばらくして、この家の住人のホルビト族の黒髪でばっちり目の女性がひょっこりと扉の隙間から顔を出した。 「やぁ、レナン、調子はどうだい?」 「コルタス! 良くなったのね!」  レナンがホルビト族らしい俊敏さでコルタスに抱きついた。  レナンの小さな鼻が自らの肩に密着し、コルタスは風呂に入ってから来れば良かったと後悔した。  コルタスは平静さを装ってレナンに尋ねる。 「俺が寝込んでたってことは、やっぱり……」  うなずきながらレナンはコルタスから離れ、その顔が母の顔になった。  コルタスの胸がチクリと(うず)く。 「えぇ、あの子も……」  レナンが振り向くと、そこには3~4才のホルビトの男の子が呆けているのが見えた。  なぜか、コルタスが原因不明で寝込むとき、決まってこの子も同じように寝込む。  コルタスがその子に微笑んでいった。 「やぁ、アノル、よくなったかい?」
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