理由

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 アノルは、レナンがオーゴス近くの道端で保護したホルビト族の子供である。  半年前、コルタスとレナン、それとドワーフのファイターであるフィーリの3人でオーゴスの周囲を探索しているときだった。  ダンはこのときオーゴスの訓練場でメイジからビショップへの転職訓練中のためパーティーには不在だった。  パーティーの探索目的は、世界に点在するといわれる謎の神器、通称“ウィザード・アーティファクト”を探し出すことであったが、一時的なダンの空席による戦力低下は大きく、オーゴス周囲のみに探索範囲を絞っていた。  夕刻。  目立った成果もなく、そろそろオーゴスへ戻ろうと帰路についたとき、それは起きた。  のちに空隙と呼ばれる空白の時間が彼らを――いや、世界を襲った。  ほんの数秒の出来事だったようだ。  秋の夕暮れに鳴く虫の音が一瞬やんだという認識はあった。  コルタスがハッと意識を取り戻したとき、奇妙な光景を目にする。  道端に何ら旅人らしい装備を持たぬアノルがぽつねんと座っていたのだった。  彼自身、混乱しているようで、ただ周囲をキョロキョロと見回しながら放心していた。  レナンは即座にアノル保護の意志を固め、その証かのようにしっかりとアノルの手を握った。  アノルは背格好からして、おそらく3才くらいなのだろうが、言葉を話せなかった。  また、話そうという意志も弱く、(ほう)けている時間の長い子だった。  かといって知性が低いわけではなく、その頃の子供にしては行儀が良くこちらのいうことをちゃんと聞く。  そして今、アノルを保護しウォルペに連れて来きてからもう半年だ。  ようやく最近はコルタスには慣れてきたが、それでも笑顔を見せたり遊んだりの親愛の情を表現することはなかった。  ただ、横にいても警戒心を見せないだけのようだ。  反面、依存的ともいえるほどレナンには懐いており、近頃は彼女に対してのみ言葉を話すようになってきていた。  どうやら、コルタスと同じような記憶の混乱を持っているようで、ときおりレナンに話す言葉に巨人しか知り得ない単語が混じっていることをコルタスは見逃していなかった。  かといって、まだコルタスとそのあたりの会話ができるわけでもなく、その理由は定かではない。  そろそろこの件についてレナンと話し合いたいとは思いつつも、彼女にさえも巨人の記憶についての話をできていない。  自分が奇異に見えるのが怖くてなかなかいい出せていないのが現状だ。 「レナン、体調はどう?」  コルタスは、語りかけても反応の薄いアノルを刺激せずにレナンの手を取った。  その手に目を移すと、レナンはぱっと手を隠した。 「大丈夫よ! コルタスとアノルよりはよっぽど健康よ。 さ、入って!」  レナンはそういって(きびす)を返すと、訪問人に出す茶菓子を用意した。  コルタスはその様子を心配そうに見つめた。  その後は、村に帰ってきたダンとフィーリのこと、コルタスが寝込んでいた昨日の出来事、春に採集できる山の幸のことなどの話をした。  その間もアノルは、レナンに背を預けながら網かごの(ひも)で手遊びをしたり、呆けたりしていた。  *  昼過ぎ、コルタスがダンの家に向うとダンとフィーリが待っていた。  ノーム族であるダンの家は、ウォルペには珍しく石造りでヒューマン族が好むシンプルなドーム型をしている。  中の造りもモダンで、この地方では手に入らないエスニックな装飾品やガラスの食器類から、この家人の裕福さが感じられる。  パーティメンバーは皆すでに両親を亡くしていたが、ダンがお金に困っているという話は聞いたことがない。  そんな小洒落(こじゃれ)た家の調度も、ドワーフ族のフィーリにはいかにも小さく、高価そうな赤いソファーがつぶれてしまわないか心配だ。 「どうだった? レナンは」 「レナンの白爪(はくそう)病のことかい?」  ダンは向かいの白い椅子に座ろうとしているコルタスを、当然だろう、という表情で見つめながらうなずいた。  その横でフィーリは2人よりも倍はありそうな図体(ずうたい)を揺らしながら、さも当然のように立派な(ひげ)を解かし整えている。  このドワーフはアノルにも増して無口だ。  とはいえ、戦闘時はときどき突然デカい声で行動指示を出すもんだから、魔物よりもドキリとさせられることがある。 「よく見えなかったけども、この2週間でまた少し白くなったのは確かだと思う」  コルタスは、レナンの手を思い出しながらつぶやいた。  白爪病とは、この1、2年あまりでウォルペにはやりだした原因不明の病気である。  医者の家系のダン()わく、脈診(みゃくしん)の観点からは明らかな病であるらしいが、感染症ではないとのことだ。  爪と目の瞳が白くなっていくことからそう呼ばれるようになったが、単なる白内障ではなく、進行すると3~4カ月で衰弱死してしまうことが多い。  ここ1カ月でも20人あまりのウォルペの村民が亡くなっている。  老人に死亡者が多いが若者も何人かは犠牲になっている。  今回、ダンとフィーリが、仲間であるコルタスとレナンを村に残してオーゴスへの旅に出たのも、レナンの白爪病発症ゆえであった。  コルタスはレナンの看病役だが、何度も行き来しているオーゴスへの道のりにシーフは必ずしも必要ではないというのもあった。 「あまり、のんびりはしていられないな」 「うん。 そうなのかもしれないね……」  コルタスの顔が曇り、自らの手を見つめた。  ダンがいよいよと本題とばかりに座り直す。 「ある、噂……、いや、かなり確からしい情報を得た。 管理機構のことは、コルタスも知っているな?」 「うん。 クラス技能訓練場と魔物狩り冒険者登録制度の背後にあるのがその機関だって聞いたことがある。 なんでも、アリオ寺院や、オルタの武具流通なんかも少なからずつながりがあるとか……。 それがどうしたんだい?」 「どうやら、白爪病のことも管理機構が何か関わっているらしい。 が、現状は放置しているという話を聞いた」 「そういや、白爪病の死者をアリオ小院が蘇生を拒否ってるってウォルペでも問題になったな。 せめて、制度通りに魔物狩り登録している者には蘇生を試みるべきだろって」 「確かに魔物狩り以外のみだりな蘇生は禁じられているが、どうもそれを超えた話のようだ。 そして、その管理機構の執行人である管理者が、キブマにいるらしい」 「キブマ、ってあのホヤの東の山の、入り方が誰もわからない塔があるっていう?」 「その塔よりさらに東に行ったところにその管理者とやらが住んでいるらしい」  ダンの膝の上で組んでいた彼の両手に力が入るのが見えた。  同時に、フィーリが自慢の髭いじりを止めて鋭い目を向けてきた。 「コルタス、3人でキブマの管理者に会いに行こう」  久々に聞くフィーリの太い声だった。  大きいわけではないが力のこもったその声に、ダンの家が震えた気がした。  *  数日後の夕刻、コルタスはひとり、ウォルペの東の街道を歩いていた。  ここは、隣村のホヤへ通じる唯一の道なのだが、途中地下道を通る構造になっている。  2週間前、ダンがオーゴス行きを決めた前日、コルタスはたまたまひとりでその地下道を通った際、突然目眩(めまい)が起きて倒れたことがあった。  もしまた倒れたりしたら、ダンやフィーリに迷惑をかける。  念のための確認と、なまった身体をほぐすつもりで散歩していた。  地下道への入り口が見えたところで魔物の気配を感じた。  右手の茂みの中、でかい図体のネズミ、ファットラットか……。  コルタスの勘は正しかった。  ふてぶてしい顔と腹を持つネズミの魔物が、縄張りを侵した小人を追い出そうと飛び出してくる。  奴にとっては、奇襲のつもりだったかもしれない。  しかし、魔物よりも早くに気配を察知していたホルビトのシーフは、既に戦闘体制に入っていた。  マスターレベルと呼ばれる、その職業クラスの修了を表す経験は既に積んでいる。  もしオーゴスの訓練場に(おもむ)けば、シーフを目指す若者やシーフへの転職を望む冒険者の訓練官候補者になれるであろう。  しかし、コルタスの目的はウィザード・アーティファクトと呼ばれる神器の探索。  その神器が、彼の中で渦巻く疑念の鍵であるとどこかで感じていた。  油断大敵だ。  雲をつかむような目的に対しシーフがとれる心意気はこれに帰着していた。  目の前の雑魚に対しても、これは同じことだ。  そうやって、この年齢にしては考えにくい程の数の戦闘をこなし、マスターレベルに達したのだから。  (とはいえ、経験値の大半はダンとのウェルぺ洞窟でのクリーピングコイン(※1)狩りだが……。)  身体の正中線を垂直に保ちながら、グッと腰を落とす。  しばらく動かしていなかった内股の筋肉がわずかに(きし)む。  大丈夫だ。  ここ半年で何回かあったような身体の力と熱が抜けてしまう感覚や目眩は、ない。 「ギキキッ」  とぼけたような顔をしたネズミからは想像もつかないような脚力で魔物が襲いかかってくる。  コルタスは短剣マインゴーシュの握りを逆さにし、力を抜いた。  さらに腰を落とし込み、腕を振りかぶる。 「キッ?」  ホルビトやシーフは、たいていはスピードを()かした攻撃や逃走をするが、こちらが受けの構えを見せたことが奴には予想外だったのかもしない。  しかし、直後、ネズミは思うツボとばかりに口元を緩めた。  ファットラットはグッと体制を落とし、コルタスの下に潜り込む。  ネズミの粘つく前歯がコルタスの(すね)を捉える―。  ……しかし、それが肉を削ぐことはなかった。  コルタスがマインゴーシュを振り下ろすとともにそのまま前転し、ネズミの背を左右に分断した。  もう一回転したシーフは、即死したファットラットのはるか後方に着地した。 「うーん、やはり戦士のようにはいかないなぁ。 ロングソードがシーフにも扱えればいいのになぁ」  コルタスがマインゴーシュを払う。  この短剣は、攻撃を受けられるため防御力も高められる優れものでシーフにも扱える。  しかし、彼には物足りないようだった。  マインゴーシュにはわずかな血のりさえついていなかったが、儀式のように刀身を布で拭い取り、腰の(さや)に収めた。 55efbdeb-72a0-495a-b8e5-326cb3067bc6* 挿絵:咲遥(https://twitter.com/suck_hal) ※1:クリーピングコイン  小さいが大量に発生する魔物。  メイジの迅雷(サンダー)の呪文があれば容易に倒せ、経験値を稼げる。  なぜこんな魔物がこんな場所に大量に発生するのか?という彼らがの疑問が発展して“ウィザード・アーティファクト”探索につながっている。
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