境界

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 ホヤは真夜中であった。  ホヤは南側にドワーフ族、北側にエルフ族の住む村だ。  元来仲の悪い2種族だが、早くからオーゴスより対魔物戦闘技術を取り入れていたため、力のドワーフと呪文のエルフでうまく利害が一致しており、それなりにうまくやっている。  広葉樹に囲われた自然が豊かな土地だが、そこそこ(ひら)けた土地であるため、住みやすそうな環境である。  狭いのが難点だが、ホヤも深刻な人工減少が進んでいるため、過密な印象はない。  今回、3人は冒険者の宿には泊まらない作戦であったため、ホヤの魔避け結界ギリギリの人目のつかない北東の茂みで野営をすることにした。  休息のための支度を終えると、ふいにフィーリが立ち上がった。 「ちょっといいか?」  こういう時、ダンもコルタスも彼に問いかけはしない。  無駄を嫌う彼は、必要なこと、知ってほしいことは必ず伝えてくれるからだ。  フィーリはホヤの北門までふたりを連れて行った。  木の門は閉ざされており、久しく使われた形跡がない。  フィーリはその門の隅に、いつ採取したのか一輪の花を置いた。  そして、門の奥の森に向かって手を合わせ、黙祷(もくとう)をした。  コルタスやダンも彼に習って手を合わせた。 「この先に、俺の故郷、ヒムカがあった。 滅んでしまった理由は、ウォルぺの白爪病と同じような病気が蔓延(まんえん)したからだが、直接的には、俺たちドワーフとエルフたちの確執(かくしつ)からだった。 ドワーフたちは、エルフが主張した伝染病否定論を信じなかった。 また、エルフはエルフで、病気の原因はドワーフ側にあると考えた。 協力し合っていれば、ウォルぺやホヤのように、少なくとも存続はしたはずなのに」  コルタスもダンもこの話をフィーリから聞くのははじめてだった。  山奥の村ヒムカの名前は知っていたが、行ったことはなく、彼の出身地であるらしいことぐらいの薄い認識であった。  返す言葉が見つからず沈黙するふたり。  フィーリにしては長い語りではあったが、その裏には膨大(ぼうだい)な出来事と感情の渦があることが容易に察せられた。  しかし同時に、ドワーフの彼が自分たちに協力的な理由がわかる気がした。  彼もオーゴスに行けば一目置かれるレベルのファイターだ。  そんな達人がなぜ一緒に冒険してくれるのか。  単にこの地で出会った仲だから、というだけではなかったようだ。  それからまたフィーリは無口に戻った。  コルタスもダンも静寂を守ったまま3人は野営場所に戻り、休息をとった。  *  翌朝、まだ空がようやく明るくなり始めた頃に3人はキブマに向かって出発した。  キブマはホヤの東の山間部にある。  以前は集落があったらしいが、今は入り方さえ不明な不気味な塔があるのみだった。  3人は昨日と同じく極力戦闘を避けて進んだ。  敵は幸いにも強力になることはなく、避けられぬ戦闘のみに対処していった。  左手のヒノキ林の奥に、キブマの塔と思われる、岩山にも巨木の幹にも似た構造物が見えた。  それはあまりにも長大なため、頭頂部が白い霧に隠れていて見えない。  探索心をくすぐる謎の塔だが、今回の目的とは無関係である。  3人は無視してそこを通り過ぎた。 「ここまでは順調だな」 「あぁ、コルタスの(やいば)()えている。 4、5体程度の魔物なら、俺とコルタスとダンの仮睡(スリープ)呪文だけでなんとかなっている」  フィーリの言葉にコルタスは少し照れを感じた。  だが、実際のところ確かにコルタスはほぼ一撃で敵を仕留めている。  この程度の敵であれば、マスターレベルを超えたシーフの敵ではない。  それに、フィーリよりも素早いコルタスが先に敵を倒す場面も多く、このパーティがうまく回っている手応えはあった。  また、ダンの支援呪文である仮睡(スリープ)も有効であった。  敵が多い場合はもちろん攻撃呪文を使った方が手っ取り早いのだが、呪文力(MP)を大きく消耗してしまう。  しかし、仮睡(スリープ)は、半数程度の敵にしか効かない反面、呪文力をあまり使わないのでほぼ使い放題であった。 「この調子なら、その管理者とやらのところにもサクッと着いちゃうかもね。 もうこの辺なんだろう? ダン」 「ああ。 キブマの塔を少し進んだ先だと聞く。 その人物が主催しているという僧会のメンバーからの情報だ。 善の戒律をひどく厳格に守っている連中だから、ウソをつくとは思えない」 「お、確かに、道が整備されてきたよ。 こりゃ、巨人や獣の道とは違うな」  コルタスがいち早く道の変化に気づく。  広葉樹林の合間を走る、土が固められたような林道ではあったが、段差が削られ、人の手で砂利が敷かれている。 「言われてみれば……。 われわれでも歩きやすいように整備されているな」 「あ、あれを見て」  コルタスが道の先を指差す。  そこには、乾いた竹が3本、道をふさぐように横たわっていた。  周囲に竹林はなく、意図的にそれが設置されているようだ。 「これは、これ以上入るなってことかな」 「どうやら、そのようだな。 だが、我々には目的がある。 ここで引き返すわけにはいかない」 「だね」  一行は道を(さえぎ)る竹の隙間をくぐり抜けた。  途端に、空気が変わった気がした。  風が吹き、曲がっている道をおおうように伸びる新緑の枝がザワザワと揺れる。 「何ですがあなたたちは、僧会の者ですか?」 「うわっ」  警戒中であったにもかかわらず、なんの気配もなく突如現れた半透明な緑色のゴーストに、コルタスは驚いて飛び退いた。  道の上方に浮かぶ人の頭ほどの大きさのそれは、可愛らしい顔に丁寧な言葉を使ってはいるが、見下ろす目線と(ゆが)んだ口元から、明らかに友好的はないことが読み取れる。  一息おいてダンが前に出た。 「私は、ウォルペのダン。 こちらは同じくウォルペのコルタスと、ヒムカのフィーリ。 われわれは今、白爪病と呼ばれる病の調査をしている。 そのさなか、こちらにおられる方が病について何かをご存じとうかがった。 こちらの管理者と呼ばれている御方にお会いしたい」  緑のゴーストは、さもくだらないことのような態度でジトリとこちらを(にら)んだ。 「ウォルペやホヤではやっているあの“いなくなりたい病”のことなら、ノルテ様は何ら関係しませんよ。 われらは、人々の望む、もっと大きな方向を推進するのみです。 さぁ、ここはあなたがたのような野蛮人が来て良いところではありません。 さっさとお帰りください」 「私たちは、病が治ることを望んでいる。 ノルテ様とやらにお会いしたい!」 「だから。 われらはいなくなりたい人にはいなくなることを推進しているのです。 今回の領域隔絶計画もそうです。 信念波動がこうも分断されると、もはや人々は共存できない」 「領域隔絶計画?」  緑のゴーストが目を細める。 「おや、そんなことも知らずにここまで来たのですか。 そうです。 さもないと、あなたがたはその野蛮な戦闘技術で人同士の愚かな争いを起こすでしょう」 「そんな愚かなことは私たちはしない! 私たちが望むのは平和と豊さ。 隔絶などではなく、争いも病も境界もない世界だ!」 「ほう。 では、そこの図体(ずうたい)ばかりでかいドワーフさんに聞きましょうか。 なぜあの愚かなヒムカは滅んだのでしょうか? その争いも病も境界も望まないドワーフたちとエルフたちはどうしたんでしたっけ?」  ジャッという音がして、フィーリが飛び出した。  それはとてもドワーフ族とは思えない俊敏さであった。 「こいつ!」  フィーリの鍛え抜かれたロングソードが緑のゴーストを両断する。  フッ。  しかし、それは何の手応えもなくゴーストを通り抜けてしまった。  どうやら、映像か何かのようだ。 「これが、自称、争いを望まない者の真の姿ですよ」  そういって、緑のゴーストは消えた。  ギリ、というフィーリの歯を食いしばる音が聞こえた。  が、賢いドワーフは大きく息を()いてロングソードを(さや)に収め、(しず)まった。 「見苦しいところを、すまない」 「当然の対応だよ」 「同感だ。 それに、管理者とノルテと呼ばれる人物が同一かはわからないが、何やら知っていることは確かのようだ。 これはますます会わねばなるまい」 「だね」  フィーリもコクリと()みしめるようにうなずいた。
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