14人が本棚に入れています
本棚に追加
難路
3人はキャンプを張り身支度をした。
武具の確認をし、予想されるこの先の危険に備える。
「これで、聖水は残りわずかとなった。
ひとり分の防憑処理はもはやできない。
キャンプもあと1、2回張れるかどうかだ。
それでもわれわれは行くしかない。
ここで出直したら、2度とここには来られないかもしれない。
さあ、行こう」
「あいよ!」
「うむ」
一行は奥へと歩みを進めた。
今までとは違うプレッシャーを感じる。
魔物の気配を探るも、緊張とこの圧が感覚を鈍らせる。
コルタスは不安とともに神経がすり減るのに耐えた。
ズルッ。
突然、今まで見たこともない2体の魔物が、道の両端の茂みから飛び出してきた。
爬虫類とも鳥類ともいえないような骨格に、滑りけのある表皮、獰猛な目。
大きく裂けた口からは、大きな牙がこちらの肉を狙っている。
そして、その合間からは獲物の味を心待ちにしているかのような舌が、蛇のようにウネウネと動いている。
「バジリスク!
石化に気をつけろ!」
「逃走経路がイマイチだ!
やるしかない!」
「俺はこっちをやる!
もう一体はダンの呪文で!
コルタス、ダンの援護を!」
ダンの識別とコルタスの状況判断から、フィーリが素早く作戦を伝え、左の奴へと走る。
魔物同士が離れすぎているため、ダンの呪文で一気は片づけられないという判断だ。
さっそく、ダンは右の奴へ浴びせる呪文の詠唱に入る。
コルタスは、魔物の出現時の素早さから、ダンの呪文は敵の行動の後になると予測した。
もたもたしているとダンが攻撃を受ける可能性が高い。
ダンは石化といっていただろうか。
いずれにしても、ダンがやられたらこのパーティーは終わりだ。
自分を狙わせた上で、攻撃を避けるのが最善だろう。
「食らえっ!」
全身をバネにマインゴーシュを振り下ろす渾身の一発だ。
ズシャッと確かな敵の肉を切り裂く感覚が伝わってくる。
これは効いたはずだ。
見るとバジリスクは脇腹を裂かれて悶絶していた。
グネリと身体をひねって痛みに震えている。
しかし、その一撃では絶命にはいたらなかった。
バジリスクの目がコルタスを捉えている。
そして、しならせた尾が伸び、コルタスの着地を狙う。
チッ。
コルタスは瞬時に身体を縦に回転させて尾を避ける。
それは腕をかすり、わずかに肌を裂いた。
「神拳!」
ダンの呪文が炸裂する。
一点集中した雷が魔物の中心を天から貫く。
バリバリバリと空気が震え、まとわりつく糸のような衝撃波が放射された。
そして、バジリスクは何の声を発する間もなく、うずくまりながら黒く焦げた。
「ぐ……」
勝利に酔いしれる間もなく、コルタスがうめく。
フィーリが駆け寄り、膝立ちしながら固まるコルタスを支えた。
「かすっただけなのに……」
コルタスの右腕の表皮が石化している。
もはや曲げることができず、握っていたマインゴーシュも手から滑り落ちてしまった。
「快癒がない以上、このまま進むしかない。
コルタスは戦闘に参加せず、索敵と逃走経路確保を頼む」
「すまない……」
幸い今のところ歩行には問題ない。
だが、石化は少しずつ右腕から肩、胸へと広がってきている。
全身が石化する前に、目的地である管理者のもとにたどり着かなくてはならない。
マインゴーシュをダンに拾ってもらい、一行は再び進み出した。
今まではコルタスが先頭を歩いていたが、フィーリがその役を担った。
コルタスは一歩一歩増すプレッシャーと石化による体表の違和感と戦いながら歩いた。
しかし、あらゆる状況が不慣れな中で、思うように周囲の気配を感じ取ることはできなかった。
ゴッ!
唐突に鈍い音がして前を歩くフィーリが消えた。
フィーリは右前方に吹っ飛び、なお消えぬ勢いでゴツゴツした地面を滑り、溝を作った。
頑強なプレートメールがひしゃげており、腹部に大きな穴が空いているように見える。
「フィーリ!」
「マイティオークだ!
われわれがとてもかなう相手ではない!
逃げるぞ!」
見ると、大木の化け物が、左手の茂みから木々を倒しながら近づいてきている。
フィーリを薙ぎ払った腕のような長い幹が、次の攻撃を繰り出そうと振り上げられようとしている。
胴体にあたる太い幹には落ち窪んだウロが目と口を形成しており、奈落を思わせる表情がこちらを睨んでいた。
「右の茂みへ!」
フィーリのもとに駆けよったダンが、ビショップとは思えぬ力でその重い体を担ぎ上げる。
コルタスは、自らが指示した茂みへと走り、ダンを誘導する。
茂みの先は緩やかな坂になっており、そこを必死に滑り降りた。
コルタスの予想通り、坂は程なく歩いてきた道と並行する獣道に行き着いた。
「追ってこない。
逃げきれたようだよ」
コルタスの言葉を受けて、ダンが大きな杉の根元にフィーリをドカリと降ろし、寝かせた。
ダンの手にベットリとフィーリの血がついている。
見ると、今までの逃走経路にも血の塊がところどころに落ちていた。
ダンは即座に治癒の詠唱に入った。
しかし、フィーリはかろうじて動く腕でダンを制した。
「素人みたいなことはやめてくれ、ダン」
ダンは詠唱をやめ、フィーリの胸に謝罪するように頭を垂れた。
「フィーリ……!」
「仮に、復活で生き返らせることができたとしても……。
もういいんだ。
ヒムカから逃げてきてから、ずっと死に場所を探していた……。
せめて、お前らの役に立てて嬉しかったんだ。
逃げてきた後悔を薄めてくれた。
感謝している」
コルタスは頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
石化は胸から首にまで迫ってきていた。
その固まりつつある首が悔しさで濡れた。
「俺に、ファイターぐらいの力があれば……!」
「コルタスがいなかったら、バジリスクにやられていた。
ダンが無傷だったのはコルタスのおか……ンッ……」
フィーリの口が血で溢れ、言葉が詰まる。
「さぁ、俺をここで寝かせてくれ。
ここはヒムカだ。
杉が、美し……」
そのままフィーリは動かなくなった。
あれほど、屈強で底なしの体力のファイターが力尽きるとはいまだに信じられず、コルタスはただ目をつぶって立ち尽くすことしかできなかった。
「行こう、コルタス」
しばらくして、ダンが弱々しく立ち上がりコルタスの肩に手を置いた。
「お前のせいではない。
どうしようもなかったことだ」
「うん……」
ダンが斜め前方を指をさした。
「おそらく、あれが管理者の家だ」
この獣道とさっきまで歩いていた道との合流地点から数百歩ほど先に確かに家らしきものが見える。
そして、その家で道は終わっているようだった。
ダンのいう通り、そこが目的地なのだろう。
ダンは申し訳程度に残った聖水を全てフィーリの周りにまいた。
これでは防憑処理にはならないし、こんな数滴ではせいぜい十数分の魔物避けにしかならないだろう。
だがそこには、ダンの友情と覚悟があるように思えた。
*
「大丈夫か?
コルタス」
「ああ、まだなんとか歩ける」
獣道が終わり、本道に戻る手前で先を歩くコルタスが止まった。
石化は股関節にまで進んでいた。
頭部は鼻まで石化しており、開きっぱなしにした唇の合間から声を漏らすようにしゃべっているような状況だ。
そんなコルタスではだったが、本道の少し先に殺気立った灰色い大型犬の魔物が4体ほど道を塞いでいるのを発見していた。
残り短い一本道という状況を考えても、逃走はできないだろう。
「キラーウルフだ。
大凍で薙ぎ払う」
「わかった」
もはや戦闘をできるのはダンしかいない。
ここはダンの呪文に頼るしかない。
ダンは、隠れていた杉を蹴るように駆け出し、本道の中央で呪文の詠唱を開始した。
両手が複雑な幾何学模様を描き、周囲のエネルギーが集まる。
キラーウルフはこちらに気づいたが、ダンの呪文発動の方が早いだろう。
「大凍!」
魔法風が起き、周囲を凍らせていく。
大気中の水分が凍った氷は爆発的に増大して、ダンの指す先に炸裂する。
ゴォォという轟音とともに、パリパリ、キリキリという、次々に氷を増殖させている連鎖音が周囲に広がる。
キラーウルフはあっという間に氷漬けにされていった。
ギャゥ!
声がした。
同時にバキリという氷が砕けるような音が聞こえる。
「ダン!」
コルタスが叫ぶ。
しかし、石化した口からはなんとか声が漏れる程度。
キラーウルフは全滅していなかった。
ぎりぎりのところで生き残った1体が、ダンに襲い掛かる。
ザクッ。
嫌な音がして、呪文の予備動作を終えていないダンの首筋をキラーウルフの爪が裂く。
大きな牙による致命傷は免れたものの、反動で地面に崩れるダン。
クソ!
なんとかダンを助けようと道に飛び出すコルタス。
しかし、石化しかけた脚がもつれてその場に虚しく倒れるのみだった。
動いてくれ……!
必死に腕を動かそうと力を入れる。
しかし、表皮が石化しきった腕はピクリとも動こうとしない。
キラーウルフはそんなコルタスに気づきつつも、攻撃対象をダンから外さなかった。
ザグッ!
キラーウルフの鋭利な牙が、うずくまって首を防御しているダンの肩に埋まる音がした。
動け!
動いてくれ!!
目の前で友人が食いちぎられようとしている。
体当たりでも良い。
脚だけでも!
しかし、無情にもただ足先がバタバタと暴れるだけであった。
キラーウルフがダンにとどめの攻撃を仕掛けようと急所を狙っている。
動け……!
「動け!」
コルタスが叫んだ。
全身が暖かい緑の光で包まれている。
石化の違和感が急速に遠のき、全身に活力が溢れる。
「コルタス!
快癒よ!」
女性の声がした。
レナンだ。
どうしてここにいるのか、今はそんなことはどうでもいい。
とにかくレナンが石化をも瞬時に直す快癒をかけてくれたのだ。
ヒュッ!
コルタスは爆発的な跳躍を見せた。
空中でマインゴーシュを抜き、キラーウルフを着地点に定める。
ザクリと確かな手応えがあった。
着地とともに反転し、さらなる攻撃をキラーウルフに加える。
ギャン!
突然の状況に対応する間もなく、キラーウルフはコルタスの斬撃で絶命した。
「快癒!」
またレナンの快癒が発せられた。
そのまばゆい緑の光がダンへ吸収されていく。
そして、みるみるダンの顔色に血の気が戻っていった。
「レナン!
なぜ、ここに?」
レナンはやや疲れた白い顔をしていたが、そこには淡い微笑みがあった。
「アノル……」
そして、レナンの裾をぎゅっと握るアノルの姿があった。
最初のコメントを投稿しよう!