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管理者
「朝起きたとき、コルタスとダンが出発したことを知ったの。
慌てた私の目に飛び込んできたのが、ほら、コルタスが以前お土産にとくれたリング。
私はそれが転移を秘めている“転移の兜”であることを直感した。
そのとき、アノルがいったの。
一緒に行く、って。
だいぶ押し問答したんだけど、折れたのは私の方だった」
レナンの言葉がにわかに信じられなかったコルタスは、レネンの横にたたずむアノルを見た。
しかし、相変わらずボウッとしているようにしか見えなかった。
「それで、運よくオルタ商会の臨時便の馬車に乗れた私とアノルは、ついさっきホヤに着いた。
そして、キブマへの道で転移の兜を使ったところ、ここへテレポートできたのよ」
「そうか、仲間が踏破したところは位置を指定できる……」
「転移の兜は壊れてしまったし、
もう私自身の呪文力もないから帰還はできないけど、大治ならまだ使えるわ。
こんな危険なところにいつまでも居てはダメ。
今すぐ帰りましょう。
フィーリはどこ?」
コルタスが、さっき通った獣道を指差した。
杉林の奥にひときわ大きい杉の木がある。
「フィーリはあそこで死んだ……」
「復活なら、まだぎりぎり一回使えるわ。
今すぐ蘇生すれば……!」
「ダメだ!
防憑処理をせずに既に数十分たっている。
それに、彼はあそこを望んで死に場所に選んだんだ。
ヒムカの悲劇からやっと解放された彼が戻ってくる理由はないだろう」
ダンに止められ、駆け出そうとしていたレナンが足を止めた。
「そんな……」
「フィーリを解放してやるんだ」
「……」
「それに、俺らは戻りはしない。
あそこに目的の人物がいるんだ。
白爪病の原因と治療法を明らかにするんだ」
「えっ!?」
レナンが驚きの声をあげる。
そして、瞬時に事情を察したらしい彼女の唇がキュッ締められた。
「行こう」
コルタスがレナンの肩をたたき、そしてアノルの頭をそっとなでる。
アノルが、わずかながらニコリとはじめての微笑みを見せた。
*
管理者の住居と思われる家に近づいた。
遠目からではわからなかった、造りや色などが明らかになってきた。
つなぎ目がわからない石造りの円筒形で、その上に木とレンガで組まれた屋根がある。
中央都市オーゴスやその周囲で見られる構造だが、洒落っけはなく、むしろ要塞のような威圧感がある。
いちおう窓はあるが、武骨な穴と呼んだ方がふさわしいかもしれない。
鬱蒼とした木々の合間に無理やり建造された見張り台のような家だった。
異様な気配に4人は足を止めた。
ギャァ、という鳴き声のあとに、バサッバサッという重苦しい翼の音が響く。
「ファイヤードラゴンか!?」
頭上を旋回している2体の赤い翼竜を見上げながらダンが叫んだ。
ファイヤードラゴンの亜種なのだろうか。
コルタスが噂に聞いているそれとはだいぶ違い、翼が大きく滑空に適した細い体形をしている。
もしかしたら、迷宮奥に出現するというファイヤードラゴンの幼体なのかもしれない。
「ファイヤードラゴンを少し止めてきてくれ……」
上空のファイヤードラゴンに気を取られていた一行の斜め前方から男性の声がして、4人はビクリとその声の主の方向を向いた。
見ると、焦げ茶色の法衣をまとった人物が、道の左手に切り立つ崖の上に立っている。
声の感じから、年齢は三十台前半といったところか。
その男から指示を受けたらしい緑のゴーストがファイヤードラゴンへ向かって上昇している。
緑のゴーストは先に入口らしき場所で出会った奴らしかったが、透けていない。
こちらが本体なのかもしれない。
ゴーストが2体のファイヤードラゴンの高さに達すると、興奮し今にも襲い掛かりそうだった翼竜らが静かになった。
盛んに羽ばたいていた翼を水平に広げ、様子を見るようにぐるぐるとたがいちがいに旋回を繰り返した。
「魔物の営みに干渉するのは主義ではないが……。
念のため、用件を聞いておこう。
何用か?」
男が一行を見下ろしながらいった。
右手が高く天に向かって上げられており、その先の上空には緑のゴーストがいる。
おそらく、右腕が下されると共に魔物に対する“干渉”とやらが外れ、ファイヤードラゴンが襲いかかってくる、ということなのだろう。
「われわれは白爪病の原因と治療法を管理者が握っているとの情報を得てここに来た。
また、今世界に起きている異変についても尋ねたい。
巨人たちは姿を消し、ヒムカは滅び、オーゴスでさえも急激に人口が減っている。
これらの事象は管理者とお呼ばれるあなたの仕業か」
ダンが声を張り上げる。
そこには、毅然と真っ向から立ち向かう姿勢が感じられた。
「まず、私はホヤからオーヤ、オーゴス西部を管理する者である。
管理者は、巨人らも含む君ら人間たちの信念波動が指し示す世界を実現するために、機構から任命された者。
自らのロストを回避する代償として機構より一時的に命を借りている公奴婢である。
われわれによって成されることで、われわれ独自の判断で行われることは、ない。
許されていない。
管理機構でさえも、君ら人間の意志によって動いている。
そのため、巨人との波動領域隔絶や人々の離散も、われわれの意志ではない」
コルタスは頭の整理が追いつかず、話についていけている自信がなくなってきた。
要するに、世界のさまざまな異変に、管理機構とやらは少なくとも主導はしていない、ということだろうか。
「それじゃ、白爪病は偶発的な伝染病か何かなのかい?」
「君らのいっている病は、この世から抜け出そうと無気力や低思考になった者が、衰弱の過程に現す症状にすぎない」
コルタスは、自らの問いに対しての男の返答に驚いた。
瞬間、レナンを見る。
「……」
しかし、レナンはうつむき、ただアノルの手をギュッと強く握るだけであった。
「それじゃ、治療法は?!」
「ない。
強いていうなら、この世を変えることか。
ある者はこの世での体験を終えたくなった。
ある者はこの世が単に嫌になった。
つまり、今のこの世がその者らにとって残るに価値あるものでなくなったのだ」
「そんな……」
コルタスの目がレナンと合う。
そこには悲しみとも諦めとも違う、まるで世を哀れむような目があった。
そして、コルタスの脳裏に、不思議な絵のような遠い記憶のようなビジョンが走った。
「アノルを、お願い」
コルタスはブルブルと激しく首を振った。
「この世は確かに残酷だよ!
頼みの巨人たちは消えちゃうし、魔物は増えるし、人はどんどん死んでいくし。
でも、望んでそうなったわけじゃない!」
「いや、人々の集合的な信念波動の望んだ結果だ。
人間たちは異なる信念の存在と共存できない。
白か黒かに分かれ、派閥化し所属したがる。
推進派と反対派、西と東、上と下、大衆論と陰謀論。
それぞれの言い分には少なからず理があるが、反対側の意見に対する基本態度は否定だ。
そしてまた、静観し、見極め続けようとすることができない。
そうあろうとすると、考えることをやめ、攻撃し遠ざけることで問題から逃れようとしてしまう。
真実を辛抱強く探究することはできない。
中間を、複雑な事実の中を、歩む忍耐力がない。
結果、真実にはたどり着けない。
それが、今の人間界、つまり“この世”だ」
コルタスは得体の知れぬ怒りに顔を赤くした。
何かとても嫌な感じがした。
「真実の探究を拒否したものはたいてい感情を荒げる。
馬鹿にするなと。
どうしようもなかった、自分のせいでもない、と。
その攻撃性が憑依したものが他ならぬ魔物だ。
あのドワーフはその因果に気づいていたようだ」
一瞬カッとなり、右手がマインゴシューに触れる。
だが強い衝動と同時に、フィーリの穏やかな顔が思い浮かびコルタスの感情を押し戻した。
それは、先ほどレナンから見たビジョンに近いものだった。
そして、コルタスの口からこぼれたのは「そうかもしれない……」というものだった。
沈黙の時間が流れた。
コルタスは、あれほど毅然とした態度だったダンがそれ以上何もいわなかったことを意外に感じた。
それはまるで、コルタス自身の理解と納得のために全てがあったかのようだった。
「ダン、君は……」
コルタスがそう言いかけたとき、男の低い声が降りてきた。
「もういいだろう。
これ以上の干渉は好ましくない。
それに、あらかじめ管理機構に関わるなとのなんらかの警告はあったはずだ。
その責任は自ら刈り取らなければならないだろう」
そして、男は右手を下ろした。
緑のゴーストが男と魔物の線上から外れて、茂みの中へと消す。
男もスッと背後の茂みに姿を消した。
2体のファイヤードラゴンが激しく羽ばたく音が周囲に響いた。
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