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「でも、スランプ抜けて良かったですね。サ……、佐伯さん、苦しんでいたから」
急に真顔になって続けられ、調子狂う。
……やっぱり、人として大事な何かをお母さんのお腹に忘れてきたに違いない。
ちらりと睨むと、今度は黙って微笑まれ、ドキリ、と胸の鼓動が跳ねる。
頼むから、そんな優しい顔で見つめないで下さい……!
.。o○
ショップのピークタイム過ぎ、交代で百合ちゃんが休憩に出た直後、東原店長が戻って来た。
「佐伯さん、レディースの今月売上達成出来る?」
冷血美人上司は、今日も部下に好かれようと媚びる気ゼロらしく、目標完遂に真っすぐだ。
「……ええと、はい。この分なら……行ける、と思います」
「分かった」
私の答えを聞くなり、「本社会議行ってきます」と従業員出口へと消えていく。
「何あれー、パワハラじゃん」
忙しない背中を見送っていると、黛先輩が背後に立っていた。眉間に深い皺を寄せて、
「売上しか興味ないとかマジ鬼じゃん、佐伯ちゃん一人放置だし大丈夫ー?」
私を心配する口振りなのに、蒲原さんのチラシを揶揄った時と同じように弾んでいる。
あの後、チラシは少し手直しして配られた。私の締め担当の日、作業で残っていた蒲原さんは二人きりになると、
「佐伯さん、僕にword《ワード》を教えてください」
と頭を下げてきた。蒲原さんが一生懸命作ったチラシ、その良さをなくさないように私は気を遣いつつ、少しだけ読みやすくなるよう文字加工をすすめた。その個性的なチラシのおかげか、開店記念SALEの売行きは好調だった。
「本社から随分とタイトな売上目標を設定されているんですよね、東原店長」
二人きりの居残り中、蒲原さんがぼそりと言った。
「そうなんですか?」
「はい。エリア長として近隣店舗の売上の責任も負っている分、渋谷店の目標値をやたら高くされているみたいです」
知らなかった。入社3年目で平社員の私は、そんなノルマすら想像つかない。すると、しみじみと続けた。
「その一方で、僕達のことを見てくれていて凄いですよね」
驚いた私は思わず、至近距離で――二人きりのフロアで――蒲原さんと見つめ合った。
……私以外にも、気付いている人が、いた。
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