第二章「月の聲が聴こえる」ツキノコエガキコエル

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第二章「月の聲が聴こえる」ツキノコエガキコエル

地球 Tokyo City 全体がフォログラフィヴィジョンと化している部屋の中心で、唄う人物を祈るように憧憬の眼差しで視詰め微動だにせず佇んでいるのは、全身黒で統一されたゴシックロリータ服を身に纏った少女のような容姿をしている少年である。 所謂、男の娘である。 ツインテールに結んだ頭髪を黒いレースとリボンフリルのヘッドドレスを頭頂から顎のラインに結び、黒ブラウスの袖と丸衿のフチ取りにはフリルとチュールレースがふんだんに使われている。 ジャンパースカートも黒一色、スクエアに衿元がカットされ、胸元には左右に4つずつ取り付けられた飾りボタンを繋ぐようにブレードが縫い付けられている。 左右に付いたウエストベルトでサイズ調節も可能だ。 着丈も長めで裾はふくらはぎまで届く。 これがGOTHと呼ばれるゴシックロリータファッションでもある。 ゴスロリはかつて、地球上で人生の全てに於いての崇拝者と為り得たカリスマ的存在の人物が命名した呼称である。 胸に掛けた十字架は過去に地球上で信仰された神への祈りに必需品とされたロザリオ風のアクセサリーだ。 今となっては過去を偲ぶアンティークな装飾品と云えよう。 少年・・・男の娘の名は夜天菫青。(ヤテンキンセイ) フォログラフィを視詰める睛は真剣だ。 「なんだ、まだライブやってんの?」 不躾に部屋に入り、呆れ気味に口を開くのは、菫青と同じ顔をした双子でもある夜天星葉(ヤテンセイヨウ)共に十六才の兄弟だ。 「なんだはないでしょー!太陽系全域の生配信なのよ。月神殿の貴公子ユージンさま~、邪魔しないでちょうだい‼」 フォログラフィに映る憧れの存在に、まるでアイドルを目の前にした少女のような奇声を上げる。 「・・・・・」 言葉なく星葉がフォログラフィに視線を移す。 銀色の長い髪と同じ銀色の睛、肌は雪のように白く長身だ。 それが月天人(つきてんびと)と云われる月面生まれの特徴だ。 「そう云えば、コン兄が月に往くって云ってたっけ」 今、思い出したかのように、ふと口を吐く。 「へえ、なにしに?またお仕事?」 さほど興味も沸かず、取り敢えず訊き返す。 「うん?今そこで唄ってるユージンさま?に呼ばれたらしいよ。昨日、高速シャトルに乗ったはず」 「えー⁉マジで?なんでコン兄がユージンさまに?」 「さぁ、知り合いみたいだったよ。それに、コン兄ってば月天人達に人気あるから、サイン会とかファンミーティングとか、月面のファンとの交流もあるとか?あとユージンさま?には個人的に逢うみたいだよ」 「ズッルーイ、アタシも往きたかったのにぃ」 星葉の報告に菫青がムクれる。 「仕事なんだから無理じゃね?それにアンタ、自分のことしか興味ないでしょ」 「ムー・・・」 呆れる星葉に納得のいかない菫青、双子だけに同じ顔した一卵性の兄弟だが、性格は天と地、右と左、上と下ほどに違っている。 双子で同じ遺伝子を持つとは云え、個体としては別々の人格を持った人間なのだ。 性格が異なったとしても、それは否定するものではない。 菫青の趣味の一つでもあるロリータと云われているファッションは、かつてヨーロッパであった西洋のゴシック、ロココ調を基調としたフリルやレースをふんだんに多用する洋装で東洋の日本で誕生した。 発祥地の日本ではマニアの嗜好品とされアンチも多数いたが、そんな境遇でも愛好家は後世に続いた。 旧西暦後、制定された宇宙暦に於いても、ロリータは伝統の如く消えることなく存続している。 年齢や性別にボーダーラインが消滅した現在では、特に地球、月、火星の三惑星で絶大な人気ファッションの一つとなっている。 「コン兄、いつ戻って来るのかな?戻って来たらユージンさまのこと問いつめる。ゼッタイに!」 自分の憧れの的と実兄が知り合いとなれば話は別物である。 「いつ帰って来るかな?月の後、予定では火星にも往くって話だったよ」 「えー」 先ほど、この双子の兄弟が現れてからショックによるショックの連続に菫青は面白くない。 「まぁまぁ、帰って来たら色々訊いて、今度、逢わせてもらえば好いんじゃない?それじゃ、僕はこれからチャネリングだから」 「あっそう、今日は誰と?」 「アルクトゥルスの師匠と」 「ふーん、師匠にヨロシク」 ヒラヒラと片手を振りつつ星葉を見送ると、菫青は再びフォログラフィに視線を戻した。 ヴィジョンは星葉と話しているうちに次曲へと替わっていた。 「ああ、もう、1曲目終わってるし・・・結局、アイツ、なにしに来たの・・・?」 ドスンと部屋の中心にセットされている椅子に腰を下ろす。 気合を入れて生配信をガッツリ愉しむ予定だったのだ。 折角のライブも興醒めだ。 「なんだか一気にテンション下がっちゃったじゃない。セイのアホー!」 肘掛けに頬杖を突いてヤサグレた。 それでも、睛だけはフォログラフィを追っている。 月には月社会を統括する一族がいる。 月の神殿、別名「天上の館」の祭司が、現在、菫青の目の前で天上の唄声を披露しているユージン・ムーンシャインである。 月光の如く妖しく輝く銀髪がスポットライトに照らされながら、揺蕩うように揺らめいている。 そして、その特徴的なのは銀の髪と同様に睛の銀色が何処までも透き通る水のように煌めいている。 美しい月の女神のような出で立ちではあるが、れっきとした男性である。 それが月の貴公子とも云われる所以である。 月の神殿からの配信は何度も行われている定番で、熱狂的なユージンファンは現地に赴いてしまうほどだ。 フォログラフィを視つめていた菫青の右目の色が変わり星印が浮かび上がる。 チャネリング状態に入ると菫青は右目に金色、星葉は左目に銀色の五芒星が現れる。 二人は目を閉じることなく片目で高次元へと繋がる。 半覚醒状態の菫青の睛に映り出されているヴィジョンは左目のユージンと右目に映る別次元の人物像が視える。 「ああ・・・そっか、セイの師匠か・・・」 先ほど、双子の片割れがすると云っていた相手、アルクトゥルスの師匠だ。 アルクトゥルスは五次元から十二次元に存在する光エネルギー体である高次元の者達だ。 「セイのチャネとシンクロしてる?」 発光する光のヴィジョンが視える。 ヴィジョンと共に声も脳内に直接反響している。 『アナタタチは月へ向かうと好いですよ』 『月へ?ちょっと待って、師匠。アナタタチって?僕だけじゃなくて誰と・・・もしかしてキンギョと?』 『エエ、アナタの片割れの兄弟の彼とです』 『キンギョはミュージックフォログラフィを観ているはずで、でも、たぶんシンクロしてるのか・・・』 『ハイ、ワタシが繋げました。彼にもこの状態が視えていることでしょう』 『なぜ、キンギョと?』 なぜ、キンギョかと問えば名前の菫青(キンセイ)からと、男子であるがヒラヒラフリフリした洋服を好んで着ているのにも関連している。 「誰がキンギョだっつーの!それより、月へ往けってどーゆーこと?コン兄と関係あるのかな・・・」 シンクロしたチャネリングで、師匠が口にしていた「月へ」とは何を意味しているのだろうか。 気になり始めたら、せっかくのフォログラフィも目に映すだけで頭には入って来ない。 仕方ないので映るものをシャットアウトするべく目を閉じる。 フォログラフィは閉じられても、チャネリング画像は意識と同化しているせいか消えはしない。 「・・・うーん、早く終わらないかなぁ」 思わず本音が口を吐く。 『キンギョ、師匠に失礼だぞ』 「ムッ」 思念がそのまま伝わっている。 『構いませんよ。そろそろ終わりにしましょう』 優しい師匠の言葉に救われる。 目を開くと、菫青の睛の中の金色の五芒星は消えていた。 「月かぁ・・・」 再び目を閉じて月に思いを馳せる。 月のヴィジョンが浮かび上がると思いきや、閉じた目蓋の裏は暗闇のままである。 しかし、 『いつでもワタシはここにいます。ここにいてアナタタチを待っています』 声だけが聴こえて来る。 「月の声・・・ん?違う・・・けど、違わない。アナタは誰?」 姿は視えないが気配は感じる。 そんな状態で意図せず繋がったのは誰だろう? 『ワタシは月にいます。お待ちしております』 「ちょっと、待って、ええ?そんないきなり切るってどおよ?」 一方的に繋がり、一方的に切られてしまったのは不意打ちも好いところである。 「月にいますって?そこへ往けってことなのは分かったけどさ」 声質的には少女のようだった。 「キンギョ!明日、朝一番の始発で月へ向かうから準備しろよ。空港ホテルとシャトルの予約は完了済だから」 チャネリングを終えた星葉が部屋へ現れた。 なんとも用意周到なことだろう。 こちらの都合などお構いなしだ。 「分かったけどさ、なんで月へ往かなきゃならないのか分かったの?」 自分達を呼んでいる当人は月にいるらしいことは分かったが、その理由までは知らない。 「さあ?師匠が往けって云ってんだから往けば分かるんじゃないの?どうせここにいたって分かんないのなら、云われた通りにすれば謎は解けるさ。それと、今夜は空港ホテルに一泊するから、そのつもりで準備してよ。夕方にはチェックイン予定だから、ヨロシク~」 云いたいことだけ云って星葉はさっさと部屋を出て行ってしまった。 「ちょっと、もう、こっちの話もキケー!」 しかし、師匠がと云う言葉に引っかかる。 星葉は月の少女の声を聴いてはいないのだろうか。 「騒々しいなぁ、あーあ、ユージン様終わってるし・・・」 半ば呆れるしかない状況に観念する。 「まあ、いっか、月へ往くなら何着てこうかなぁー。ワンピは必須でしょ。 ジャンスカとブラウスは白と黒。パニエはどうしようかな・・・かさばるし、あっそうだ!ドロワーズ、おパンツ様にしよう」 ドロワーズとは、下着とスカートの間にはく裾にフリルやレースがほどこされているインナーのことである。 「あとは・・・メイク道具と、アレとコレとソレと・・・あーーもう!面倒くさーい」 いつの世も旅支度は大変である。 特にファッションに極度の拘りがある場合は気持ちの切り替えが難しい。 極力荷物を増やさないことを心掛けなければならないからだ。 ロリータ女子の目下の悩みである。 悩んでいても時間は過ぎてゆくもの、意を決して旅の準備に取り組む脳内モードへとシフトチェンジする。 菫青の場合は性別は男子であっても趣味嗜好が女子なのだ。 身の回りの持ち物は特にロリータ少女と同等だ。 なんだかんだと慌ただしくも旅支度を終えた菫青は我ながら凄いと思う。 「なんだかんだと云っても、出来ちゃうってすごいわー自分、サイコー!!」 両手を天に向かって突き上げ自画自賛する。 自己受容と自己肯定感は宇宙一の菫青は、滅多にネガティブ発言をしない。 地球の次元が上がったせいもある。 それでも、 人類には何かしらの悩みや迷いが生まれる。 尽きない悩みや迷いに対応するには誰かに話すのが一番である。 それを職業としている一族がいる。 それが「夜天家」の人々だった。 そんな夜天家に生まれた五男と六男の双子が星葉と菫青である。 両親はもちろん、上の兄弟に至っても何かしら人々の心の癒しに繋がることを支事としている。 いつでも、人の心に寄り添うのが信条だ。 HANEDA CITY AIR PORT Tokyo Cityに大昔からある空港は今も変わらず利用されている。 旧暦時代は地球のみの使用だった。 それが、現在では月及び火星間への発着も可能となっている。 エアポートに隣接するホテルの部屋にて双子が寛いでいた。 スキンケアを欠かせない男の娘の菫青はお肌のお手入れに余念がない。 古えの昔に発明されたシートパックの最中である。 「いつもいつも飽きないね。それ、そんなにイイの?」 顔面を白いお面化した菫青に呆れる。 「あら、いいのよ。セイもやる?いっぱい持ってきちゃったから1枚あげるわよ」 「やる!ちょうだい」 呆気に取られつつも、断るかと思いきや星葉が片手を出す。 「はい、どうぞ」 シートパック1枚入りの袋を手渡した。 封を切り折り畳まれて入っている中のシートを広げてゆく。 全て開けると1枚の仮面のようなうすっぺらなシートが現れた。 顔型のシートを自分の顔に貼り付ける。 ローションに浸されたシートだけに着け心地はヒンヤリしていて気持ちいい。 そして、菫青の隣りに並んでベッドに腰掛けた。 実にシュールな絵面である。 「満月かぁ・・・そうだ!セイ、月の声を聴いたのだけど、『ワタシはここにいて待っています』って、セイには聴こえた?」 ホテルの部屋の窓から視える月が満ち満ちている。 「それは知らん。師匠とチャネってたか、終わってたかも知れない」 チャネリング中に菫青も星葉達とシンクロしていたのは自覚している。 その後、菫青が脱けてアルクトゥルスの師匠ともすぐに終えた。 「そうなの?それじゃあ、アタシだけに聴こえたのかな」 「ふーん、それで、月はなんだって?なんで来るようにってな理由は?」 月の声には心当たりがない。 「さあ?アナタタチを待ってるって、それだけ云って声は途切れたから分からないのよ」 「そう云えば、師匠にも月へ往くように云われた。理由は知らんけど。往けば何か分かるのかも知れないな。それより、このパック、どのくらい貼り付けとくの?ちょっと喋り辛い」 顔面に貼り付いているシートが口を動かすたびに微妙にズレるのだ。 「ん?10~15分くらい。あともうちょっとの辛抱よ」 「ふーん」 始めのヒンヤリ感もなくなり、肌体温と同じくらい温くなりつつあるシートが気持ち悪い。 「・・・ああ!もうダメ。ガマン出来ない。剥がす‼」 シートマスクに手を掛けた。その瞬間に、 「ちょっと、待って!」 菫青がその手を押さえ素早く阻止した。 「なになに?なによ?」 「シートをはがす時は、顔の下から上へ!逆はタルミの原因になるのよ。気を付けて!」 必死の形相で訴える菫青の圧力に圧倒される。 「そうなの?分かったよ」 本当は訳分からずだったが、云う通りに顎の下部から、額の上部に向けてシートを剥がしてゆく。 「それで剥がしたシートに付いているローションは顔以外に塗りまくる‼」 説明しつつ菫青もシートを顔から剥がし、折り畳んでデコルテから腕や脚にも塗りまくる。 「ほー」 菫青をお手本に星葉も腕や脚へローションを塗ってゆく。 「あとは美容のために早く寝る」 云うなりベッドへ潜り込むと、秒で熟睡していた。 「はやっ!キンギョのそーゆーとこ尊敬するよ」 どんな状況下であっても滅多に動じない双子の弟。 見た目は女子だが、中身はすこぶる男前なのだ。 「頼もしいよね。ホント。さてと、僕も寝よ。明日は朝一で出発だ」 隣りのベッドに移動し、横になると部屋のライトを全部は消さずに光量をしぼる。 菫青のことは云えない速度で星葉も夢の国へ直行した。 翌朝。 二人は無事に月面行の高速シャトルに搭乗していた。 「しばらくは地球、とおさらばかぁ・・・ってゆーか、月には何泊するの?」 突然、月への渡航が決まったのだ。 その必要手続きの全てを星葉が一人で済ませたために菫青自身は特に手間取ったものはない。 旅支度くらいだろうか。 「んー、分からん。とりあえず月の家の方には連絡入れたから、三つ子が出迎えてくれるはず」 三つ子とは、 月面には夜天家の邸宅があり、家主が留守でもいつ戻っても好いように管理者として常駐している。 それがオリオン座出身の三兄弟である。 「そう・・・三人とも元気かな?月に往くのは久しぶりだから逢うの楽しみだな」 シャトルの窓から視える滑走路は昇る朝日が神々しい光を放っていた。 「キレイ・・・」 ウットリするほどに見惚れた。 高速シャトルには10~20人ほどの少人数制の客席を確保しているため、シートには一人一人がゆったり座れるように配置されている。 「月に到着するまで三時間。僕はもうひと眠りする。おやすみ」 個室のように囲われたシートに横たわり照明を落とす。 「おやすみ」 それに応えて菫青は朝焼けに輝く早朝の空を、シャトルが発射するまでずっと眺めていた。 第二章「月の聲が聴こえる」了。 5ebe520e-b8f5-4337-a3c4-578fb67c02fc「夜天菫青」ヤテンキンセイ 男の娘
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