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本社に勤め出して3ヶ月位が経ったろうか?
私はやっとこの町に馴染んで、お気に入りのカフェも確定しつつあった頃だ。
旦那はたまの飲み会があっても、あれ以来誰かに送って貰う程泥酔して帰宅する事はなかった。
けれど、地方勤務の時とは違い、お付き合いの飲み会の量は増えた様な気がする。
まぁ、そんな遅い時間に帰宅する訳でもなく、作った夕食は必ず食べてくれて、私の事にもちゃんと気を配ってくれていたから、そんなに気にはならなかった。
ある晩夕食の準備中にいつもの通りラインが来た。
あぁ、そろそろ帰ってくるのかな?
と返信を送ろうとした。
「雪美、ごめん。部下家連れてっていい?」
え?部下?うちに?今からっ!?
何の用意もしてないし、急に、、
とはいえ、会社のお仲間。「無理!」と言える訳でもなく、断る理由が見つからない。
多分「無理!」って送ると彼は断ってくれる。
でもそれで会社での彼の立場は?影響は?
初めての事だしかなり戸惑った。
んー、まぁいいか、今回だけなら何とか凌ごう!きっともう彼は部下に捕まってるはずだ。悩んだ挙げ句。
「わかったよ。でも急だから何にもないよ。それでもいいなら、、」
と返信した。
「ありがと、助かる。どーしてもって、断れなくて、、ほんと、ごめん。」
そんなに謝られては強く出られるはずがない。
何にもないとはいえ、本当に何も出さない訳にはいかない。
お酒の量を確認して、ツマミになれる様な物を用意しなくっちゃ。
私はパタパタと動く。
幸い我が家は旦那が大酒飲みではないので、ネットで買っておいたビールが箱ごと置いてあるままだ。
ツマミは、、、ない、、適当に何か作るしかないか、、
急遽何本かのビールを冷蔵庫に入れ、またその冷蔵庫からツマミになる様な材料を探す。
こちらに来て来客なんて初めてだ。
なけなしの材料をフル活用し、何とかツマミを揃えた。
あ!そうだ!私、部屋着だっ!
料理に集中し過ぎて自分の事などお構い無しだった。
そりゃそうだ。いつもは部屋着で旦那を迎える。
メイク、、、は、いいか、、変に気合いを入れるのも変だし、また彼が変に嫉妬しても困るし。
とりあえず服、服っ!
寝室クローゼットの前で戦っている時、チャイムがなった。
チャイム、という事は、彼なりの「もう大丈夫?」の気遣いなのだろう。
慌てて私は玄関に走る。
ドアを開け、
「おかえりなさい。お疲れ様。、、、あ、いらっしゃい、どうぞ、、」
私が客様のスリッパを用意していると旦那が、
「ただいま、雪美。ごめんな、急に。あ、こいつ、尾崎。ほら、前俺の事送ってくれた、」
あんまり見ていなかった。
お客様は一人、と思って直ぐにスリッパを出したから。
「あ、あぁ、その節はどうも。主人がお世話になってます。」
ペコリと頭を下げて顔を見たが、私は全く覚えていなかった。
あの時は酔っ払った旦那の事で一杯だったし、暗がりだったし、短時間だった。
それにもう3ヶ月も前だ。
覚えているはずがない。
「ま、上がれよ。来たかったんだろ?仕方なしだぜ、分かってる?」
旦那はその尾崎という名の眼鏡をかけた部下に部屋の奥へ誘導する。
「奥さん、突然すいません。お邪魔します。」
尾崎は丁寧に頭を下げ、用意したスリッパを履いて私の前を通りすぎた。
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