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1月8日、俺は実家のある東京の板橋区に20年ぶりに帰省した。それというのも翌日、1月9日に名もなき美少女コジコジのオフ会が開催されることに関係している
実家ではスマホいじることさえ禁止された。
「また悪い友達と連絡取っているんじゃないだろうね」母親の口調は優しかったが、どこかとげがあった。
「心配無用だよ、昔使ってた携帯は破棄したし、やくざとはもう何の関係もない」
「それならいいけど」
「明日はスマホで知り合った女性ライバーに会いに行くだけだよ」
「なんだ、そのライバーっていうのは」今度は父親だった。
「説明するのが面倒くさい。もう子供じゃないんだから俺の事を信用してくれ」
「もう俺たちも若くはないんだからな、心配だけはかけないでくれよ」そう言った後で父親は故事成語のような言葉を口にした
友を選ばば書を読みて六分の侠気四分の熱、妻をめとらばさいたけて見目麗しく情けあり。
昔からの父親の言葉である。何度聞かされたであろうか?
改めて聞かされると考えさせられる。
俺が国の支援を受けて生活していることを両親は知っていた。
その日、1月8日は母親の誕生日でもあった。だというのに俺は何のプレゼントも持たずに実家に帰省したのである。
実家は2Kで、少し狭く感じられた。居間には別に一つの部屋しかない。その別の部屋で父親は寝る。
俺は母親と並んで寝ることとなった。
就寝時間は21時前とだいぶ早い時間であった。
俺はそんな早い時間に寝ることはできなかった。
オフ会の前日でもコジコジは配信を予定していた。
22時10分となりコジコジの配信が始まった。でも隣で寝てる母親を思うと、スマホの音量を落としても気づかれてしまうであろう。
俺は配信をミュートに切り替えた。イヤホンを忘れてきてしまったのだ。その事実を言葉にしてコメントを打つが、コジコジが何を言っているのかさっぱりわからない。
俺はそれでもスマホから目をそらすことはできなかった。
俺は、配信で笑っている名もなき美少女コジコジのどこに惹かれてしまったのであろうか? 自分でもよくわからなかった。恋ではないような気がする。
純愛? そんな言葉を思い浮かべて、俺は自分を笑い飛ばした。
母親が眠りについたであろうことを確認して、俺はそっと布団からもぐりでた。
手提げかばんから睡眠薬を取り出し、台所まで向かった。
人間は薬など飲まなくてもいずれは寝れるのだからその時が来るまでずっとまちつづけてればいい。両親の忠告であった。そんな言葉を聞いてしまった後では、薬を服用するのがためらわれた。
睡眠薬を飲んでも俺はなかなか寝付けなかった。
スマホの画面のコジコジをずっと見ていた。
元S4帯まで行った、今はA帯で苦戦している女性ライバーをずっと見ていたかった。
明日オフ会で会える事を思うと胸が高鳴った。その脈動が自分でもわかるほどだった。
「弘道起きなさい!朝だよ、朝」母親に起こされた。
俺の左手にはスマホが握られていた
――配信が終了しました コジコジのアイコンが映し出されている。
どうやら俺はコジコジを見ながら眠りに落ちてしまったらしい。
「父さんは?」
「まだ寝てるよ、昨夜遅くまで韓流ドラマを見てたんだろう」
どこにそんな気力があるというのであろう。父親は89になるのだ今年。
「今、何時?」
「もう8時だよ、今から朝食作るから。お父さんもじきに起きると思うよ」
「うん、わかった」
俺は洗面所に向かい、顔を洗い歯磨きを済ませた。
父親もその時別室から顔をのぞかせた。
「おう、おはよう。ゆうべは眠れたか」
「寝れたと思う」
「眠剤は飲まなかったんだろうな」
「飲んでないよ」俺は噓をついた。飲んだよなんて言えば、後が面倒くさくなるだけだ。
「何時に家を出るんだ」
「朝ごはん食べたら、すぐに出るよ」
昨日は母親に懇々と昔話を持ち出され、ずっと説教されていた。俺はその説教を黙って聞いていることしかできなかった。極道をしてた頃の昔話だ。
家を出る際、母親に二万円を手渡された。無駄遣いはするんじゃないよと口添えをされ。
手渡された現金を最初は拒否する姿勢をみせた。本当は喉から手が出るほど欲しかったくせして。
母親の誕生日だというのに、手ぶらで帰ってきたバカ息子。
そのバカ息子である俺は、広島からスマホでしか見ることのできない女性ライバーに会いに上京してきた。それはアイドルに会いに行くのと同じ状況なのかもしれない。
20年ぶりの東京を散策して回る。
すっかり様替わりしていた。
オフ会の会場は西麻布。また開催時刻は午後の二時。
池袋に行った。サンシャインシティ。水族館を見て回った。時刻はまだ10時を過ぎたばかりであった。
名もなき美少女コジコジのファミリーボードに書き込みをする。
――今、池袋の街を散策しています。やっと両親から解放されました。イヤホンを忘れてしまい昨夜は配信を見ているだけで、コジコジの歌を聞くことができませんでした。すまんコ。すまんコ。
すまんコとは配信の際コジコジがよく口にする謝罪の言葉でもあった。
それから先はどこを歩いたのかはあまりよく覚えていない。山手線に乗ったことまでは覚えている。原宿まで行ったのだ。懐かしい思い出に浸りながら街並みを歩いた。
原宿、渋谷、三軒茶屋。思い出のある場所を、それはそれは歩いた。今度いつ東京に来ることができるかわからないのだ。
会場のある西麻布に着いたのが、午後1時50分。
すでに会場には4人のリスナーが開演を待ち、並んでいた。
たむろしてる4人の中に進み出て、俺は自己紹介をした。
そこで初めて配信アプリでしか会うことのできないリスナーの顔を確認することができた。
4人が4人皆、個性の強いキャラクターであった。
開園が始まり、係の女性に案内されて地下にある会場へと足を向かわす。
検温もされた。コロナ対策であることは言葉にするまでもない。
次から次へとリスナーが会場へと案内されてくる。
オフ会に参加したリスナーは20人といったところであろうか?
「名もなき美少女コジコジさんの登場であります」司会進行係の美しい女性が言った。
コジコジの登場で、会場は熱気に包まれた。
皆が皆、拍手でコジコジを出迎えた。
コジコジは美しかった。オーラが半端なかった。
俺は言葉を失った。遠路はるばる広島から足を運んできたかいがあった。
「今日は皆さんコジコジのオフ会に来てくれてありがとうございます」礼儀正しく挨拶を交わすコジコジ。
俺はただただ、その美しさに魅了されていた。
係の者がやってきて、何を飲みますかと聞かれた。
俺はウイスキーと答えた。
係の者が各テーブルを回って、飲み物を聞き、またグラスに注いでいた。
コジコジはステージの上に乗り、話を続けている。
会場の皆に飲み物がいきわたるとコジコジは、カンパーイと言って自ら持つワイングラスを頭上に持ち上げた。そこにはとびっきりの笑顔があった。
コジコジは各テーブルを回っていた。もちろん俺の座っているテーブルにも挨拶に来た。
時間にして三分ぐらいであろうか?
コジコジが何かお礼の言葉を述べている。
俺は相づちを打つだけで、ろくに会話などできなかった。ただその美しさに魅了されているだけであった。
何を話したのであろうか? おそらく、間違いなく会話などしていない。コジコジを見ていただけだ。
ビンゴ大会やカラオケで会場は大きく盛り上がった。またオフ会の模様も動画で配信された。
オフ会に参加しているリスナーもスマホを取出し、自らが映し出されている画面を見ては高いアイテムを投げまくった。オフ会に参加できなかったリスナーも見ていることに違いない。会場の模様が、コジコジのトップリスナーである黒幕のとまらない花火が大きく包み込む。
俺は課金するのを忘れ、その様子を黙ってみているしかなかった。
コジコジがハッピーバースデーソングを歌う。一月はとりたてんというリスナーの誕生日でもあった。
スマホの画面には1080コインのバースデーケーキのエフェクトが飛び交う。
コジコジのメーターは他を退けて、圧倒的なダントツ一位である。プラ2である。
毎日がこんな状態であるならコジコジはすぐにでもS帯に返り咲くことであろう。
俺も普段は飲まない酒を浴びるほど飲んだ。テキーラまで一気に流し込んだ。
楽しかった。とにかく楽しかった。楽しいの一言に尽きる。でもその楽しさとは裏腹に自分の中に存在するコジコジに対する感情が何なのであろうかという疑問を打ち消すことができなかった。
俺は愛情と決めつけた。これは愛だ。紛れもなく愛だ。偽りのない愛。
オフ会がお開きとなる前に写真撮影会があった。コジコジとツーショットの写真が取れるとの事であった。費用は千円。
コジコジの周りに人が集まる。
「順番だから希望者は並んで」この上ないコジコジの飛び切りの笑顔。
10人ぐらいは並んだのではなかろうか?
俺はその撮影会に名乗り出ることはなかった。
恥ずかしかったこともあるがそれだけではないような気がする。とにかく俺はツーショットの撮影を辞退した。
楽しい時間も終わりオフ会は、終わりの時刻を迎えようとしていた。
「今日はみんな本当にありがとうございました。また配信でお会いしましょう。4月にはお花見会も予定しているので楽しみにしててください」
コジコジの別れの挨拶の言葉と共にそれぞれが会場を後にしていく
コジコジは会場の入り口に立ち、帰るリスナー一人一人に握手をして笑顔を振りまいている。
俺も皆と同じようにコジコジと握手をしたとき、何かを手渡された。
俺はなぜか条件反射のようにその手渡されたポチ袋のようなものをすぐさまダウンのポケットにしまい込んだ。
会場の外ではリスナー同志仲良くなるものもあって、これから二次会に行くというものもあった。
俺も魚卵というハンドルネームのリスナーに一緒に飲みに行かないかと誘われたが断った。
オフ会で自己紹介はしたものの、誰が誰だかあまり曖昧で覚えてはいない。
楽しい時間であった。それだけは確かだ。
俺はひとり夜の西麻布を散策して回った。どこかに飲みに行くつもりはなかったが、ただ歩いていたかった。
身体はアルコールで温められていたが、夜風が冷たかった。肩をすくめ、ダウンのポケットに手を入れると、先ほどコジコジに手渡されたポチ袋に手が触れた。取り出してみるとそのポチ袋の中には3000円とイヤホンが入っていた。メッセージカードも添えられてあった。
――清水、広島からわざわざ来てくれて本当にありがとう帰りにイヤホン使ってねもういらないやつだから交通費少しでも足しにして!これ秘密ね!!
俺は一月の夜空を仰いだ。星が一つ輝いている。
俺の中にあったコジコジへの感情、それは愛であったが、一瞬にして恋へと変貌を変えた。
俺はスマホを取り出しファミリーボードに書き込みをした。
――コジコジはずるいよ
他のリスナーからみたら何を言っているかわからないであろう。それでもよかった
コジコジにさえ伝われば。
――コジコジはずるいよ。俺はひとり呟きながら夜の西麻布の街を歩き続けた。
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