借りられ令嬢の決断

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 迎えた夕刻、晩餐会にて。  少し遅れて行くという星周とともに、日が落ちて宴が盛り上がった頃、連れ立って柿原家の大広間へと向かった。  煌めくシャンデリアの下、異国風に飾り立てられたテーブルに料理が並べられ、誰も彼もが立ち歩き、談笑しながら楽しそうに過ごしている。  足元は厚手の絨毯、壁には花が描かれており、天井は高くずらりと並んだ窓も壮観。ひときわ大きく豪勢な装花の前に、主催夫婦らしい二人が並んで立っていた。その横には、薄桃色に可憐な花柄の振り袖を身に着けた少女が一人。 (星周さんのご両親と、婚約者候補の……)  この晩餐会で、星周本人へ一切の前情報なく出し抜く形で婚約が発表される、ということを知った星周が、逆にその策略を潰すために胡桃を伴うと決めたのが昨日今日とのこと。新しく用意できたのは簪くらいで、と星周は言っていたが、衣装は申し分ない。柿原家ほどの富豪ではないが、古い名があり、同じく異能を持つ一族である高槻の娘と名乗れば、胡桃を無下にできる人物などそうそういない。  あとは、星周と「将来を誓い合った仲」の件である。 (星周さん本人が胡桃のことを見初めていて、本気で求婚するつもりというのも不可抗力で知ってしまった……。今ここで星周さんに胡桃と名乗り出られないのがもどかしい。でも星周さんには、今夜は「敦」として振る舞わなければ)  星周は、演技とは思えないほど、本物の女性にするように胡桃を丁寧に扱う。優しく手を引いて両親のもとへと連れて行く。  ここに至って、もう四の五の言ってられないと、胡桃も腹をくくり、星周の口上に耳を傾けた。 「父上、あやめさん。今日はこの場で二人と皆さんに紹介したいお嬢さんがいてお連れしました。高槻胡桃さんです。友人である高槻敦くんの妹さんで、かねてより親しくお付き合いしております」 「星周さん……!?」  黒地に金糸の織も鮮やかな着物姿の女性、義母のあやめが頬を引きつらせて星周を見た。その横で、薄桃色の振り袖の少女は、きつい眼差しで胡桃を睨んでいる。 「あやめさんが、どなたか俺とは面識の一切ない女性を皆さんに紹介なさっておいでのようでしたが、ここは顔を広めるには良い場ですからね。せっかくですから皆さんと親交を深めていってください。ただ今日は、俺も胡桃さんを皆さんにご紹介したいのでそばを離れるわけにはいきません。話があるなら後で聞きます」  星周が淡々としてそう告げたとき、あやめの瞳に暗い炎が宿り、背後にあった生花が急激に萎れ始めた。 「星周さん、勝手なことはおよしなさい。あなたは私が決めた相手を娶れば良いのです」  叫び声とともに、ガタガタと窓が鳴り始め、頭上でシャンデリアが揺れ始める。 (異能が暴走している……!? これほどの家の奥様になるよう方が、感情で能力を抑えきれずに周りを危険にさらすだなんて)  放っておけば、窓ガラスが割れて辺りがひどいことになってしまいそうだ。星周やその父親も異能持ち、この場をおさめることはもちろんできるだろう。しかし、軍人を避けて役人になったという星周のこと。その実力のほどはわからない。もしかしてこの家の当主としてはひどく弱いのかもしれない。  ぐらりと床が揺れ、振り袖の少女が「きゃっ」と悲鳴をあげて尻もちをつく。 (この子も、あやめさんをおさえるほどの力は無い)  胡桃は迷いを振り切り、自分の能力を開放した。  あやめのもたらす騒乱を抑え込むように展開する。一瞬、自分のものだけではない力を感じた。 (星周さんの異能……!?)  窓が鳴り止み、足元がぐらつくほどの揺れもゆっくりと収束する。  胡桃が大壺に活けられた花にふれると、今にも腐り落ちそうに萎れていた百合の花が少し前の姿を取り戻す。それから、座り込んだままの少女に手を差し伸べた。  胡桃の異能の発露を見ていた星周の父は、感心したようにため息をもらし、大きく頷いていた。  * * *
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