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おかしいと思う。自分から面倒なことをしようとしているのだから。
外に出ても、姿は見えなかったがただ一直線に走る足は衰えなかった。
「チリ‼︎」
ビルの間を歩く、猫っ毛で見慣れた黒いジャケットを着た後ろ姿は見間違えない。
人の目をなんて気にせず名前を叫ぶと、そのシルエットはピタリと止まり振り返った。
あの無心な表情はなく、暗い影がかかったように見えた。
東藤さん
声はなかったがそう唇が微かに動いた。
「よかった、まだ居てくれて」
急いで駆け寄ったため、息が切れゲホゲホとせき込んだ。
「大丈夫ですかっ、息が」
「平気だから、それよりなんで無視した。連絡」
「あ―――と……携帯が水に沈んで」
「携帯?水?」
「……あのここだと、目につくので場所を変えませんか」
ビル街の昼間は2人は注目の的だった。りかかる人々の中には『あれ最近の』と東藤を指し始める者も増え始め、ちょっとした騒動になりそうであった。
変装も何もしていない東藤。不味いと思ったのかチリは自ら来ていた上着を脱いで東藤に被せ、顔を覆い隠した。
「今度は逃げませんから」
真剣な眼差しが突き刺す。
そして、チリは東藤の腕を引っ張り人混みから抜け出した。
「なんか俺が犯罪者みたいだな」
「我慢してください、あと少しで抜けます」
人の目を避けて、建物の奥へと入り込み。建物鉄は茶色く錆、壁に張り巡らされたパイプは青々とした苔がはりつき、雨の湿った臭い、もう1人として歩いていない影を2人は歩く。
「ここでいいだろ」
東藤がそう言うと2人は歩みを止める。東藤は被っていたジャケットを返すと、チリの表情はさらに曇り話の続きをポツリと話し始めた。
「ボーッとしてたのかポケットに携帯入れているのを忘れてまして、そのまま洗濯機でまわしまして」
「連絡が取れなくなったと」
「すぐに言おうと思ったのですがタイミングが合わなくて、音信不通にみたいなことになりました。決して、嫌になったとかではないですから」
「なるほどな」
東藤が不安であった音信不通がわざとでは無いと冷や汗を流して釈明するぐらい嘘では無いようだ。
一安心も束の間にチリは自分の手の平をぎゅっと握り、改めて此方に目線を上げる。
嫌な予感がすると思うと同時、向き合わなければいけないと使命感に駆られたのはいつにもなくチリの目が本気だからだ。
「東藤さんに話したいことがあるんです。」
「ああ」
「おれ沢山貴方の事で嘘をついてきました。嘘が嫌いな貴方の前で。
東藤さんのこと嫌いなんて言った時もあったけど、それは恥ずかしさからの嘘であって本当じゃないです。」
「うん、知ってた」
「はい。だから、今から物凄く勝手な事言いますが、東藤さんには本当に好きな人と幸せになってほしいです。
ちゃんと向き合って全力で笑って欲しい。今は笑えなくてもいいから、ただそれだけを本当に願ってます。」
「違う、チリ……俺はお前のことが」
「大丈夫です。慰めてもらうほど泣いてませんから」
これが最後と言葉といったところだろか。
全てを見極めて選択してきたとつもりだった。
感情なんていらない、計画に必要ない、分別して見極めて。
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