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息が詰まる。こんなの見たくない、何もかも全てを遮断したいのに、チリの凍ったように体は微動もしなかった。
女の赤い指先が東藤の身体を探る様に虫の様に這いずる。
けれど東藤は嫌そうな顔一つせずに女の手を退けることはない。
触るな
「東藤くん」
名前を呼ぶ。そうすると東藤から女の手を持ち、指を重ね合わせて夕闇の中微笑む。
そうか、キスするんだ。
「えっ!」
「?」
女の叫び声が部屋に響く。
あまりにも執念に触る女がウザくなって不満が溜まって、嫉妬でおかしくなっていたんだと今はそう納得するしかない。
「がっ!」
俺は2人に近づいては持っていた鞄を全力で東藤にぶつけたのだ。
ゴツンと硬い物同士が当たる音共に散らばる携帯と財布。
痛そうな声、東藤は声を押し殺しては額を抱えて膝を崩す。
叫んでいた女は東藤が崩れる様子にすこし正気を取り戻し、すぐに東藤の元に駆けつけた。
「大丈夫!けっ警察!」
「っ!」
警察といって赤い鞄を必死に探る女、息を吹き返したチリはわらわらと足先から波のような震えが襲いかかる。
自分は一体何をしたのか。
散らばった私物、痛みに堪える東藤、慌てる女、鮮明に状況が見えてきて、自分の犯した罪を認め始めたからだった。
抑制出来なかった自分に恐怖を覚え、罪悪感で支配されたチリは震えが止まらず、一歩と一歩と後退していく。
「チリっ!」
東藤に名前を叫ばれる頃には遅かった、チリは逃げるウサギのように部屋を出ていた。
逃げたら駄目だと心で必死に呟いたとしても。
「あの!警察ですか。急に男が入って……」
すると東藤が警察に電話をしていた女と携帯の間をすっと手で切ると、電話を遮った。
「大丈夫、俺の知り合いだから」
「っでも」
「俺のせいでもあるから許してあげて。」
東藤は先程と何一つ変わらない笑顔で話すのだった。
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