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どうしよう、どうしよう。
なんて事をしたのだろうか、チリの感情はぐるぐると掻き回る。
東藤と女の人とキスをしている所は前も見たことがある筈なのにと、今回は何故か事を起こしてしまった事に酷く混乱していた。
自分の理解が追いつかないチリは、一心不乱にエレベーターに向かう。
しかし、その時と今とは特に変わってない筈なのに、何がきっかけに……
何かを思い出したチリは湯気が出るほど真っ赤に染まり、気が狂ったかのようにエレベーターのボタンを連打した。
「お前は壊すきか」
嘲笑う声、チリが振り向く前に丁度開いたエレベーターに押し込まれた。
「はい、これ鞄。
いったいお前はどうやって帰る気だったんだ。財布に携帯、全部忘れるのはどうかと思うけど」
「……」
振り向くとそこには平然とした東藤が立ち、先程投げた鞄をチリに押しつける。
東藤の額がすこし赤くなっているが、跡に残ることは無さそうだった。
良かった、傷つけなくて
「まさか、投げつけて来るとは思はなかったけどな」
「ごめん」
「……なんで謝るの?」
小さい声、チリは力一杯皺になる程鞄を握る。
「東藤さんにおれ……東藤さんの顔に鞄ぶつけた。ごめなさいっ」
「えっ?」
「だって、商売道具なのにおれっなんも思わずぶつけて、怪我させてなんでこんな」
伝えるのにも精一杯の途切れ途切れの言葉、チリの上手く口は動かなかった。
チリは何よりも東藤に怪我をさせてしまった事に一番動揺していたのだった。
これは予想外の反応と、気まずそうに東藤は頬を掻く。
「普通ここは怒ると思うけどな。
俺はもう大丈夫だから。取り敢えず落ち着いて息を吸え、落ち着け。」
東藤の言う通り肩を揺らして、ゆっくりと息を吸う。
そのおかげもあって、混乱していた頭もすこし整理がつき冷静にものが見えてきた。
チリはエレベーターが止まっている事に気がつき、次は落ち着いて出口つながる階のボタンを押す。
「無理言わないでください。
人に物を投げるなんて、人生最大のショックでしたよ」
「それは良かった。それなりに痛かった」
「……スイマンセン」
「なんで謝るかな。俺的には謝んない欲しいだけど」
「謝るのは普通なのでは」
「じゃ、なんでお前俺に鞄ぶつけたんだ」
すると東藤は勢い良く壁に手を付いて、チリの退路を塞ぐ。
近い距離、チリはいつのまにか壁に追いやれられていた。
「なんでって、意味なんか無いでっす。どいてください、もうすぐ下に到着しますから」
動揺はまだ残っている。どうにかして東藤から離れようと、腕を動かそうともがくが簡単に静止され、東藤に手を奪われた。
奪われたと思えば、手は重ねられ壁に縫い付ける。
体温、息づかい、心臓の音、全てが丸聞こえの距離、チリの頭は一瞬で真っ白と化した。
「チリの心臓ドクドクって音なってる」
「やめてください」
「息遣いも荒いし、体温上がってるな」
「やめてっ」
静かな真っ黒な目が俺を貫く。
これ以上言うなと、そんな言葉はもう届かなかった。
「俺の事、本気で好きだろ」
静かな空間にその声が響くと、無情にもエレベーターは一階に到着した。
青ざめたチリは出来る限りの力で東藤を押し返し、束縛を解いた。
そして目も暮れず出口向かって走る。
もうチリはこれ以上何かを考えることはできなかった。
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