6話

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なんでもっと上手く出来ないのだろうか、やり直したい、東藤 に会ってからというもの何度思ったことだろうか。 『お前俺のこと本気で好きだろ』 あの言葉を言われた瞬間、早かった脈も心臓も全てが止まった。 何でと思うと同時にチリの意識はスーと波が避けるかのように遠くなり、全てのことを忘れて真っ白になった頭は生きた心地はしなかった。 そして、何もかもが投げ出すように俺はあの場所から逃げ出した。 必死に逃げて帰ったあの日から、逃げるべきでは無かった。 足が震えようと声が枯れようと全て無かったことにされたとしても、東藤と向き合えば良かったと。 嘘をついていたこともそうだし、何より自分は暴力という愚行に走った行いをちゃんと謝りたいし、あの女の人は誰だったのだろうか。 あの後で会わせる顔はなくあれが最後の会話だったと思うほど、チリは後悔の海へと漂うことになったのだ。 「うざいんだけど、東藤のことでうだうだ考えるのをやめろ。」 棚を掃除をしていた武彦がはたきでチリを指す。 店は閉店の時間。二人が後の掃除をしていたところ、突然として武彦が指摘し、チリは目を丸くする。 今回ばかりは事が事で相談ともかく関連の話題すら触れないように気を付けたのに難なくと言い当てことに。 カウンターで金の計算をしていたオーナーが「えーチリちゃん悩み事あったの」と暢気に間延びした声で言うので武彦しか分かっていない。 「別に迷惑かけてないだろ」 「空気がうざいんだよ。俺は悲しんでますよオーラにじみ出てるは」 「そんなの出してない、眼科行け」 「あと、グラス割ってるだろ。なにが迷惑かけてないだ」 営業中、心が疲弊していたのもあってか、少しの気のゆるみが手を滑らしグラスを一個割ったが、チリはそれ以降一度きりで特に失敗は起こしていない。 接客も普段通りに動けていたし、割ったことが店の迷惑だというなら、何度も割っている武彦に怒られたくはない。 「確かに言う通り今回のミスは謝るが武彦、自分は一番高い瓶割っているのにそのことは棚上げするのか」 「うるせぇ、俺はよくやるからいいんだよって話がそれる。じゃなくてだ、俺が知ってる限りお前はグラスを割るようなヘマはしないし、しかも数週間前にアレが来てから気の抜けた返事するはで、もう何を言いたいか分かるな。 うだうだするなうっとおしい!」 プライベートを持ち込むなと言っただろと怒る。 息が詰まるほどの指摘は十分理解している、諦められない自分と諦めろと囁く自分がいて、目の前が見えなくなっていること。 武彦には東藤のことで相談をしていたし、東藤との関係の答えも出せず、迷って上手くいかないことが度々迷惑をかけたともある。 「お前だけには言われたくない」 が、此奴だけは、性格が最悪な武彦だけには説教されたくないと私情が上回ったチリがそこにいた。 「表出ろ、カス」 武彦は後ろを親指で指した。 ギリギリと関係を軋ませ険悪な2人、オーナーが「えっいつそれ。なんか無いと思っていたけど、2人とも聞いてる?」と真っ青な顔で嘆いていたが2人は無視を決め込んだ。 決して武彦と言い合う内に仲が悪くなった訳ではない。初めて会った時から真面目と不真面目、ただ単純に馬が合わず仲が悪いだけである。 「あれだけ好き好き言っといて、拗れるって見せつけたいわけ、俺たちはこれだけ愛し合ってますって」 口端を歪めては心底呆れたように武彦はアホだろと罵る。  まるで本当に好きだと連呼したことところを見たかのように話すそぶりは、本人にあえて言わず我慢してきたチリの怒りを掻き立てる。 「は?そんなこと一度だって言ったことない。」 「言ってただろ、ほら酒に酔って東藤さん大好きって……やっべ」 思わず流れで口が出た失言と言わんばかりに先に上がると言って逃げようとする武彦の、肩を強く掴んで静止させた。 「それ、もっと詳しく聞かせろ。」 武彦の筋肉のついた、良い肩からはミチミチと骨が軋む音が鳴る。
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