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「うん、こんばんは。ごめん突然入ってきて、チリに話しておきたくて無理に言って入らせてもらったんだ。」
「あっはい、チリさんねっ」
笑うしか出来なかった。なぜ自分がチリに抱きつかれているのか、しかも男同士で身を寄せ合っているのか目の前の人物に説明が出来なかった。
「おいっチリ知り合い来てるぞ、起きろ」
「知り合い?」
チリが眠そうに顔を上げると、赤かった筈の顔を青く真っ青に変わっていく。
「しっ知り合いじゃない」
「はぁ!?じゃあ誰だよ。」
顔を埋めては知らないと首を横に振るチリは怯えたように体が微動に震える。
絶対に知り合いだと思わせ、その怯えように不思議に思う武彦はある事を思い出した。
前から聞かされている人生相談という名の愚痴の内容に東藤という男の話を思い出す。
チリは口にしないが好きだと思いながらも、どこか東藤に酷く怯えていた事を。
今目の前の男を怯えているとなると自ずと謎の男が誰なのか分かってしまった武彦は大きなため息を吐いた。
「チリ?どうした」
東藤は優しく話かけるが、チリはぐりぐりと頭を武彦に押し付けるだけで前に出ようとはしない。
「チリ何かあったのか」
「いやだ」
チリの心底からの声。ずいぶんと弱々しい声だった。
チリに触れようとした東藤の指先が直前で止まる。
一言で顔色は変わらなかったが触れようとした指先に力はなく明らかに落胆していた。
飼い犬に噛まれたご主人様だなと武彦は思う。
「嫌だって、あんた嫌われてるじゃん」
「……」
笑顔のまま何もないと言いたい平然を装う男を崩したくなった武彦は意地悪く心を突きニヤリと口角上げる。
それに東藤は一切嫌悪感を隠さず、金色の頭を鋭く黒い目が睨む。
「……らいじゃない」
嫌だと駄々をこねていた筈のチリは何かを呟くと、武彦の胸を押し返して次はしっかりとその場に立った。
「嫌いじゃない、嫌いじゃないんだ。嫌いになれない」
次はしっかりとチリは東藤を見据えた。
「だってあなたの事が」
チリはただ1人を見つめては今までにない穏やかな表情で笑い、そして糸が切れたようにチリは東藤の方に倒れ込んだ。
東藤は慌ててチリを抱きしめた。腕の中でふわりとした薄茶の髪が揺れる。
目をパチパチとさせ驚いた東藤の表情は、何かを始め知った雛のようでもあった。
眠るチリを不思議そうな顔をして見ていた理由はこの場にいた武彦にも分からなかった。
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