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ほぼ顔見知りに近い知り合いなのだから、当たり前か。
「弟君は趣味とかある」
「ないです」
「じゃあ、テレビとか見る?」
「ないです」
「うーん、本とか好きか。読んでるところをたまに見るけど」
「すこし好きです」
まったく話題が広げようとしない、けれど返事は返すと。
俺に対して無視とかウザイとか言わないけど、ずっと浮かばれない顔をしている。
訊かれたら返す、それは誰かと会話する際は当然だ。
その正しさは良いことなのだが、それが逆に枷になって自分を苦しめている事を分かっていないようだ。
悪い方は駄目だ、正そう、そんな心の声が聞こえてくるほど、今の姿は歪だ。
「弟君は真面目なんだね。面倒だったとしても一個一個ちゃんと汲み取ろうしてるから、俺は凄いと思うよ。
俺だったら投げ出してさようならだから」
「そんなんじゃ」
「ほら、俺の言葉も投げ出さずに返してる。それが他人だったとしても君は親身になって返してるよ。他の誰よりもちゃんと人を見てるから」
「人なんて……ただ俺は、足手まといだから、誰よりも頑張らないといけないだけで……」
「だから、よく頑張った。もう十分頑張って走り切った。頑張れなんて言わない。だから、もう無理は駄目だよ」
東藤はチリに近寄って、チリが先ほど綺麗に乾かした頭をクシャクシャと撫でる。
こんな事を俺が言ったところで、チリの心は安らかにはならない。
ありきたりな慰めの言葉を並べても、事情も知らない人間なんかに言われて『何がわかる』というお節介者にしかなれない。
心を救えるのは違う人間だ。
それでもいいから、ほんの少し心の隙間ができるというなら、俺はそれで良い。
「っ……」
「あはは、泣きそうな顔ブッサイクだな」
「うるっさいっ」
文句を吐くチリは目に溜めていた涙を溢れさせては、声は出さず静かに泣いた。
「大丈夫だ、君なら大丈夫だ」
どれだけ拭おうと、止まらなく溢れてくる涙。泣くのをやめるまで、未熟でまだ小さな背中を東藤はゆっくりと撫でた。
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