8話

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「東藤さんっ自分なんかどうですか」 潤んだ目、酒でも飲んでいるのか真っ赤な顔をして突然の理解できない誘いに俺、東藤は動揺のあまり思わずその場で膠着した。 知り合いの店でお酒を飲み沢山の人間と騒いで遊んで、さぁ歩いて帰ろうとした夜の帰り道。 夜風にあたり酒の熱を冷やそうとブラブラと東藤が歩いていると人が駆け寄る音が後ろから近づいてきたので、振り返ると薄茶の髪を揺らすチリがいた。 何故ここにと思いながら東藤は足を止めどうしたのかと訊く。 「店で東藤さん見かけたから、追いかけてきました」 急いで駆け寄ってきては荒い息を吐くチリは、距離をグッと近づいてきては東藤の腕を引っ張る。 その時すでに、東藤は少し驚いていた。 友人の弟チリは、昔かあまり感情を表に出さない物静な人間だと思っていた。 といっても泣く時は泣くけれど、根は真面目なので人に対して良くない冗談は吐かないし、感情的にあまり突っ走らないのだがどうやら今日は様子が違う様だった。 「俺なにかと楽ですし、東藤さんに合うと思うですがっ」 「んっ?何が」 「せっ」 冒頭に戻り恥ずかしそうに固く口を窄める。『せ』からの続きは語尾が聴き取れないほど声が小さかった。 羞恥で今にも逃げ出しそうな潤んだ眼は、これが彼の精一杯だということ、そして何が伝えたいのか再び訊かずとも理解した。 なぜそう思ったのかは、先程の店で一人の女の子がお酒を片手に遊びでいいから付き合わないかと誘ってきたからだ。 見るからに面倒そうな女の子だったので丁重にお断りした。きっとその場を見ていたチリは感化されたのだと。 「いいよ」 特に後のことは考えていない東藤は景気良く答えた。すると『いいんですか』と言いたげにチリは目をパチパチとさせて驚いた表情のまま大きく頷く。 突然の脈略もない話に事情も訊かない自分は、だいぶ酒が頭までまわっていたのだと思う。 何で俺なのだろうかと疑問に思いながらも、こんな場で話すぐらいのただの遊びだと割り切り、特になにも考えずに軽い気持ちで受けた。 この軽はずみが後で悩ます原因になるとはこの時は思ってもみなかった。
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