2話

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不毛だ。 あの扉を開けるたびに同じ言葉がグルグルと頭を描き回る。 何をしているのだろうか、頭ではわかっているというのに、東藤を前にすると理性が働かなくなる。 「いい加減、不毛でアホって気がつけよ。 って睨むなよ。たく、友達の話じゃなかったのか?」 俺は、ズバリと人の心理を言い当てた隣の無神経な人間を思わず睨む。 潮時、このままズルズルと関係を続けていても東藤に俺もお互い良いことなんて一つもないと。 前もって、友達の話で相談をしていたのだがあまりにもこの男が人の心底を読み当てはっきりと言うものだから、八つ当たりというやつをしてしまった。 「あほくさ。 そんなんだから、いつまで経ってもうじうじ悩むことになんだよ。」 「うるせぇ……」 また図星かよと、呆れたように手を返しては男はチリにもう触れない姿勢をとる。 相談する相手を確実に間違った、チリは思いながら丁寧にガラス瓶を拭く。 ずけずけと踏み入り、人に対して歯に着せぬ物言いを使う若い男はバーの仕事仲間、そして唯一の本当のことを話せる相手だ。 歳が近いのも勿論だが、ある理由があってこの男だけにチリは話せるのだ。 「まぁ、依存してるのはどっちだろうな」 「どういう意味?」 「さて、なんだろな」 「お前っな」 2人の険悪ムードが漂いつつあった部屋に丁度店の入り口のベルが鳴る。 今日、初めてのお客さんだ。 「チリちゃん、ジェフ君、こんばんわー!元気ー!」 間延びした声で2人を元気よく呼んで入ってきたのは、足がおぼつかない顔が赤くなった中年女性であった。 そのご機嫌な女性は高そうな香水を漂わせつつ、アルコールの濃い匂いを付き纏わせていた。 「こんばんは明美さん、また梯子したんですか」 「そうなの!もうここに来るまでにおばさんフラフラでなっちゃて、でもイケメンの眼福はしたいから」 エヘヘと笑う女性はここの常連さんで、チリは優しく席に案内した。 「アケミさん、飲み過ぎはダメですよ」 「あら、ジェフ君に怒られちゃった」 すこし片言の日本語で注意する男、そして怒られたと明美は嬉しそうに笑う。 ジェフと呼ばれた、先ほど流暢な日本語を喋っていた男は、手早く流れるようにメニュー表を開いた。 「きょうはなににしますか?」 「えっとこれで」 やはり言いづらいそうに片言で注文を取る。 けれど、その片言の日本語に誰もつっこみを入れないのは、その男が何処から見ても外国人顔で整い彫りが深く、透き通った蒼い目しているから、不十分な日本語の不自然は、持ち前のルックスで自然と溶け込んでいる。 「アケミさんは今日もかわいいね」 「きゃーっ!ジュン君ほんと日本がおじょーず!」 この男、勿論女性を扱うのは一級だ。 「チリ、明美さんのいつものやつないから倉庫から持ってきて」 「分かった」 男は女性の相手をしつつチリの横を流れる様に通ると、耳打ちをする。 そして仕事も完璧。 なのに片言の外国人を偽装をするのは、本人曰く色々面倒だからと言っていた。 来る客が女性も多いし、偽ってでも言葉は喋れませんの方が根掘り葉掘りきかれなくて楽なのかもしれないな。 客の前では日本人じゃないという枷のおかげで、俺は彼奴に色んなことを吐けるから良いんだけど。 まぁアイツ、英語の教科書の名前みたいなジェフじゃなくて足立 武彦(あだち たけひこ)だけど。 チリは言われた通りに倉庫に向かい、棚に酒瓶からいつものやつを探す。 しかし、あっちに行ったり、こっち行ったり、時間をかけてどれだけ探してもお目当ての酒瓶は見つからなかった。 「……ない。買い足しされてない。」 買うことを言っておいた筈だが、オーナーのいつものど忘れだろうとチリは頭をかいて悩む。 表ではキャキャと複数の女性の笑う声が聞こえ始め、場はどうやら随分と盛り上がっているようだ。 規模は小さめのバーでオーナーのほぼ身内しかいない所で、特にオーナーの贔屓してる常連に、無いですとはあの雰囲気で言いづらい。 頭を悩ますチリには一つの答えしか残されていなかった。 仕方ない買いに行くか。 そう決めたチリは早く、1人で上手く回している武彦に店を任せて裏口からコソッと抜け出した。 裏口につながる小道はビルの壁に挟まれ、時刻が日暮れもあって暗く、頼りない電灯一個が弱々しく道先を照らす。 歩くには少し不気味だが、ここを通ればすぐに大通りに出るようになっている。 えっと、ここで近くで売ってるところは交差点の向こうだったか。   「あの、すみません。」 「はい?」 優しい透き通った高い声。 どこかで聴いたことある声にデジャブを覚えながら振り向くと、そこにはあの玄関で呆然と立っていた女がいた。 「チリさんですよね」 そして、名指して声をかけられた。
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