2話

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「私、貴方に話したいことがあるんです」 「別に俺は話したいことないけど。 まだ仕事があるのでお邪魔します。」 胸に秘めた思いを吐露する女は胸に手を当る。 けれど、その話は自分にとってのよくない事だと察したチリは、淡々と自分の意見を通し早々に店に戻ろうとした。 「待ってください。突然訪ねたことは謝罪します。 けれど、それでも、私の話を聴いてほしいんです。 ほんの、ほんの少しの時間でいいんです。」 「その話東藤さんのこと」 「……はいそうです。 ですから、チリさんと話したいです」 帰ってと引き離したというのに女は一歩も下がる事は無く、ましてや少しずつ前進し、チリは少しずつ追い詰めていく。 「あの、私。聴いてくださるまでここにいますから」 奥そこの真っ黒な瞳に濁りはなく、真っ直ぐと立つ、本気だ。 居座れると店に迷惑がかかるし、追い返すにも相当骨が折れそうだとチリは頭を悩ました。 昨夜のこともあるし、これ以店に迷惑をかければ俺の信用の問題に関わる。 「入れてあげれば」 振り返ると、店の扉の前で腕を組んだ武彦がいた。 関係のないからこその軽い言葉に思わずムッと顔を顰めるチリ。 「別にいいじゃん、大事な話そうだし中に入れたって。 困った人助けるんだったら、オーナーも怒んないと思うけど」 「……けどな、俺は一応仕事中であって」 「別に今俺1人で良いし、酒の件なら誤魔化しとくから」 仕事は大丈夫だと促されるがチリは納得がいかない。 第一、何故困った人というか、明らかに災難が降り注ぐというのに、何故自分から手助けをしなくてはいけないのか。 そんなもの好きな人間をいてたまるかと強固な姿勢を見せたが、直ぐに崩れた。 「おい、言っておくが彼女の為でもお前の為でもない。  裏だろうが店の前なんだよ、ゴタゴタされるとこっちが迷惑だ。だから2人とも入れ。 あとチリいい加減痴情のもつれは自分でどうにかしろ」 武彦が今日一番の低い声と冷たい声で、後ろを指したので2人はうなづいて大人しく従った。 武彦はカウンターに戻り、2人は控え室にパイプ椅子を置いて、話の続きをすることにした。 「えっと」 「栗原(くりはら)です。」 「じゃ、栗原さんは何の御用ですか」 「……では単刀直入に言います。  東藤さんと別れてください」 やっぱりね、だから嫌だった。 曇天とした空気に包まれ、チリの奥歯をギリギリとさせる。 「何言ってるのか、わかんないだけど。 東藤さんとは友達ですよ」 「嘘はいいですよ。私わかるんです、東藤君のこと。 貴方の事、東藤君も友達と言ってましたが私直ぐにわかったんです。 嘘ついてる事。 だから、辛い事だけど貴方が」 「恋人じゃないから、タダノオトモダチ」 虚しくなんかない、そうタダノオトモダチだ。 恋人なんて言われたら鼻で笑う、一度だって東藤が俺を目に写したことがないのだから。 「言っとくけど、俺以外にもオトモダチいるけど」 「……分かってます。それでも、私許せないです。 いっぱい、いっぱい、傷ついてきたからこそ。 こんなこと続けてたら東藤君にも良くないですし」 強ばる栗原のパイプ椅子が軋む。体の震えは、怯えたようにも見え、敵意剥き出しの威嚇の様にも見えた。 「だから、別れてくださいって事。 もしかして、栗原さんは全員に会うつもりなの?」 「そのつもりです。東藤君の為です。」 「言っとくけど君が言ったところで、本人がやらないと意味がないから」 「いいえ、ちゃんと意味があります」 栗原は瞳を閉じ、そしてゆっくりと開きチリと向き直ると黒い目玉が一点を見つめ、神妙な雰囲気に変わる。 「東藤君はとても寂しがりで、そしてとても臆病なんです。 チリさんは気づいていないかもしれないですが、あの人ってナイーブなんですよ。 ただいつもは自分を強く見せてるだけで、とっても繊細でガラスのように優しく触らないといけないんです。 ねぇ分かりますか、私は一番あの人の事を理解してあげてる、私がいないと東藤君はだめなんです。 東藤君を守る為にも、私が綺麗にしてあげないといけないんです」 汚い関係なんて東藤の身体がひび割れて壊れてしまう、栗原は唯一の理解者であることを自慢げに語り、チリがどれだけ東藤にとって不必要かをつらずらと並べた。 相当、酔っているのか。 「チリさんはわからなかったのですか、東藤君が悲鳴を上げていること。 いいえ、分かる筈ないです、私だけがあの人の弱みを知ってるんです。」 語り語りつくし、うっとりしていた。 東藤の彼女面をした何かは俺に間を与える事はなく忙しなく口を動かす。 本命を知らない何か、絶望しらない何かの姿は哀れで 「馬鹿みたい」 「えっ?」 目線が合わなかった栗原は口を開けて俺を覗き込む。 「だから、馬鹿だと言ったんです。  自分だけは特別って言いたいんでしょうが、貴方も所詮その他ですよ。 お訊きしますが愛してるって言われたことありますか」 「……」 栗原の柔らかい口が徐々に硬く閉まっていく。 語る様に、確かに東藤は寂しがり、臆病なのかもしれないが、それは寂しさは本命の穴を埋める為、臆病に見せるのは相手を測っている。 皆に見せるのは計算された側面ばかり、東藤にとって本命以外無価値なもの。 栗原が見てるのも殻であって決して中身ではない。 「ほら、道に転がってる石って目には入るけど、どんな形してたとか覚えてないでしょ? それと一緒で貴方も俺も忘れられる哀れな人間ですよ」 にっこりとチリは女に微笑んだ。 すると、突然栗原はガタンと椅子から立ち上がると椅子は音を立て倒れ、高々と手を挙げる。 そして、チリの頬に向かって手の平を向けた。 「いって」 赤くなった右頬をさする。 潤んだ瞳、持っていた荷物を抱え栗原は言葉を発さず、一度として振り返ることなく、足早に店を出て行った。 嵐の様にことが過ぎ去り、チリは呆然と天井を見つめ、なんだったのだろうか、自分は何を言ったのか、先程の全てが嘘みたいだと頭が真っ白になる。 「すごい音したけど大丈夫か、どういう状況?」 武彦が心配して顔を出すと、もう状況は悲惨であることに目を背く。 パイプ椅子は無惨に倒れ、チリの頬は腫れている。 「お前のせいだからな」 「はぁ?」 「最悪だ、全部自分に返ってきたし」 「意味が分からん。 俺のせいにするのはいいが、その顔で店出るなよ」 チリの顔を見るないなや眉をしかめて苦渋する武彦は再び部屋を遮るように扉を硬く閉めた。 背中を丸めて、俺は誰にも見せれらない顔を覆う。 エゴに塗れた最低な自分はなんなのか、知ってたはずなのに。 最悪だ さいあくだ それでも好きだとか 「馬鹿みたい」 小さい声は反響することもなく、溶けて無くなった。
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