3話

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「やっぱり、チリちゃんの方がクールって感じだよな。お兄さんの方は可愛いって感じ」 隣の席に座る男は酒臭くてリンゴが腐ったような甘い息を吐く。 今日はある理由でチリは居酒屋にいた。 まず贔屓にしている客が足立 武彦 という名のジェフに向かって日本のおいしい料理を食べさせてあげるから始まり。 当然外国人と偽っている武彦はその誘いを断るのだが、運悪くいたオーナーがその話に乗ってしまい、誘われているのは武彦だというのに、人数を増やそうとか、暇の子募集と客に呼びかけ、そして勝手に話が進み、最後にはパワハラともとらえてもいい『お前も行くよな』と強制的に予約を取り決めた。 打ち上げみたいな大人数の食事はあまり得意ではない俺は断ろうとしたが、断ることができない足立がものすごい剣幕で俺に助けを求めていたので、さすがに可哀想だからサポート役で俺も参加することにした。 足立にはジェフという仮面をこれからもいまからも偽ってもらわないと困るし。 出発だー!と喜ぶオーナーの掛け声に隠れて、武彦が小さな声で死の呪文を言ったのは近くにいた俺と本人の武彦だけの内緒話だ。 着いた居酒屋は、壁一面に料理名の紙が張り付けてあるよくある町の居酒屋ではなく、シックで落ちついて、少し敷居が高そうなところだった。 そして完全個室で店員は必ず一人はつき、防犯完備も充実で芸能人や役所の御用たしとかなんとか。 あまりこういうことに慣れてないチリはすこし緊張な面持ちで座敷をまたいだ、のだったのだが。 「そうですか」 隣の男から漏れ出る臭気に鼻が歪んだが、俺は全く興味がないと知らぬ顔で話をわざと流す。 肝心の席はというと馬鹿オーナーの、やっぱ何時ものメンバーだと面白くないからバラバラで座ろうという謎の発言で武彦はもちろん仲が良い客と離され、見知らぬ人が隣に座るという俺にとって地獄になった。 武彦も白目は向いてないが向くほど、陽気なオーナーを恨んでるだろう。 何故それが分かるのかは 「たけ……ジェフ君、もしかしてなくても怒ってる?」 「おこってないよ。オーナーおさけ好きだから、作った。だからのんで、のんで」 「いや、それ完全に割ってないよね」 「のめないの?」 少し悲しそうに眉を下げジェフはオーナーに酒を渡そうとする。 その光景を見ていた周りからは可哀想だとか飲んであげなよと声が飛び、オーナーが青ざめていくほど周りに追い詰められていく。 チリは知っていた武彦が持つグラスには水で一切割ってない濃度の高い酒が入っていると。 武彦の笑顔の裏にはオーナーを絶対潰すという名目があること。 原液をのまされそうな可哀想なオーナー、けれど憐れむことはなくチリは達観する。 「全然違うよ。チリちゃんの良いとこは優しくて綺麗なところなんだから。全部お兄さんといっしょにしたら駄目だよ」 長く深くチリは心中でため息をついた。話を流したつもりがまだこの話は続いていたのかという呆れからだ。
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