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1話
残念ながら『本命』という言葉が世の中にはあるらしい。
それを前にしたら、その他なんて空気のようなタダの慰め物だ。
だから、そんな言葉なんて無ければ良いと思う、だって後悔も不幸も感じないまま自分は1番のままで幸せだと思えるから。
「チリ、どうした?」
チリがシーツの海の中で目を開けると隣で横たわる彼、東藤 と目があった。
東藤は眉を潜めて困ったように笑うとチリの薄茶の髪の毛をとく。
わしゃと触れられたところから先程での情事を思い出して、チリは髪の先の先まで自分の体温を上がるのを感じた。
「なんでもない」
「そうか?物凄く思い悩んでた気がしたんだが。」
「なんでもないです、貴方には関係ないです」
俺はもうこれ以上喋るとボロが出る、話すことを拒否する為にベッドの枕に顔を埋める。
言えるわけが無い、こんな戯言。
「関係ないって……酷いやつだな」
東藤はくっくっと押し込めるような笑い声と共に再び俺に触れ、頭を撫でる。
まるでぐずる子供を慰めるみたいに甘い声を吐き優しい手つきに翻弄され、悩んでいた全て事を忘れそうになる。
こんなこと一つで惑わされる自分は本当に馬鹿だった。
だって、この人が好きだと気づいた時には彼の瞳にはキラキラとしたそれしか映っていなかったのだから。
こうなる前に、もっと早く知っていればなんて、今頃すぎて遅すぎて、もう彼の深みハマっていた。
底無し沼みたいに身体も心も虜にされて、足掻けば足掻くほど沈んでいく。
重力に負けて暗いそこに沈むたびにチリが思うのは
この人にとって俺はいったい何番目だったのだろうか。
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