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「えっと……オレは吉井 那月といいます。22歳のフリーターで、漫画家目指してます」
「漫画家さん! すごい、初めて生で拝見しました!」
淡い茶色の瞳を輝かせて興奮する佐久子に対し、那月はどこか申し訳なさそうに俯いた。
「いや、目指してるだけで、コンテストは落選ばっかやし……。出版社に持ち込みも行ったけど、酷評やってん」
才能ないんかもな。
眉を八の字にして呟く那月に、佐久子はつられて泣き出しそうな顔をした。那月が慌てて付け加える。
「うわー! ごめん、今日会ったばっかの人に何言うてんねやろ。忘れて」
無理やり作った笑顔に、佐久子の胸はギュッと締め付けられた。
「人ではないのでいいですよ。私でよければ、お話聞きます」
「笑っていいやつ? それは……」
顔を引きつらせる那月に、佐久子はふふ、と微笑みかけた。生身の人間となんら変わらない年相応の可愛らしい笑みに少しドキッとしつつも、那月は咳払いをして話を戻した。
「えっと、ここには何しに来たん?」
「お命を頂戴しに……」
途端に両手を体の前にぶら下げ、首を垂れて“幽霊のポーズ”をする佐久子に対し、那月は目にも留まらぬスピードで後退し、距離を取った。佐久子があたふたしながら手をブンブンと振る。
「というのは冗談で」
「分かりづらいわ!」
未だ動悸が治らないものの、那月は反射的にツッコミを入れた。
「暇つぶしです」
「ひ、暇つぶしぃ?」
眉をひそめる那月に、佐久子はつらつらと話し始めた。
人は死んだら、“霊界”と呼ばれる世界に行くこと。霊界は転生を待つための一時的な場所で、そこでは現世と同じように、幽霊たちが共同生活をしていること。
人間と大きく異なるのは、体が半透明であること、食事も睡眠も不要であること、現世と霊界を自由に行き来できることだという。那月は今までそういったオカルトには半信半疑だったが、実際に超常現象に立ち会っている今、それを疑う余地もなかった。
そして、霊界にはろくな娯楽がないそうだ。ショッピングセンターやカラオケ、ネットカフェなどの施設は一切なく、テレビやラジオ、ゲームもない。唯一あるのはこぢんまりとした図書館だけとのことだった。
「そこにある面白そうな本は、ほとんど読み切ってしまいました」
生前から、本は好きだったので。
佐久子はそうこぼした。
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