不協和音症候群

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「イギリスに住む体質者の方のお話では、コンサートホールの中でサッカーの観客席と下手くそなオーケストラと飛行場と、この世のうるさいものがランダムに鳴り響く感覚だとか。しかもそれをすべて音階として理解する。理解できてしまうからこそ苦しいのだそうです」 「それは、治るのですか……いえ、体質なら治らないのですね。何か対処方法は?」 「体質改善は残念ですができません。最近ではノイズキャンセリング機能を応用した、逆の意味での補聴器がようやく完成したところです。つまり、音をあえて聞こえにくくする。日常音を聞きにくくするので多少不便がありますが、症候群の状態で生活するより百倍マシだ、というお話でした」  ようやく娘の状態が分かり安堵したもののこれからの人生大変だろうというのはわかる。そして医師が真剣な表情で話したのはこんなことだった。 「気負いすぎないで欲しいのですが大切なことなのでお話しします。この症候群、別の問題があります」 「はい?」 「二十四時間、三百六十五日、永遠に続く症状なので……自殺者が多いのです」 「え」 「先ほどお話ししたノイズキャンセリング機能の補聴器が出る前の話です。それでもこの体質に苦しみ続けている人は多い。他人から理解されないということもありますし、ご家族の理解とサポートが絶対に必要なのです。しかしそうなると今度は家族の負担が大きくなる。何か困ったことがあったら抱え込まずに必ず相談してください」  その後の娘の生活は確かに困難を極めた。補聴器は当然補助などがないので非常に高額だ。年齢や症状合わせて買い換える必要もある。周りから全く理解されないので幼稚園や小学校ではあまり友達もできなかった。  小学校高学年位になると周りの子が状況の理解などできるようになるので気にかけてくれたようだが、声をかけること自体が迷惑なのではないかという暗黙の了解がうまれ、娘は大体一人でいたようだ。  音のしないところを好み人の多い所から離れて過ごす。これから年齢を重ね社会人になったときに他の人と生活していけるだろうかという心配はあった。  娘が最後に笑ったのはいつだったか思い出せないまま、中学へと進級したのだった。
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