不協和音症候群

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「ほら、例えばさっきの汚れた部屋で考えるとして。その中から必要なものを探す時。目に入ったものを一つ一つこれはティッシュだ、これは積み木だ、これは人形だ、指差し確認しながら探してるわけじゃないじゃない? 映像としては認識してるけれど自分にとって必要なものじゃないからスルーしてる」 「確かに」 「もっとわかりやすく言うなら、歩きながら補聴器の設定をいじるっていうのも自分にとって必要なことをピックアップしてるでしょ。今私は右足を出して次に左足を出さなきゃ、今このタイミングなら設定変更できるって考えながら歩いてるわけじゃないよね」  できるだろうかそんなことが。その考えは表情に出たようで金森も小さく笑う。 「私は言いたいことを好き勝手に言ってるだけだからそんなに真剣に悩まなくてもいいよ。できたら便利だなって思っただけ。絶対音感も訓練して初めて身に付くものでしょう。栗原さんは生まれつき持ってるからこそ訓練ってしてないかなあ、って」  その考えも、思いついたことさえない。自分で自分の体質を管理できるだろうか。できるかどうかなんてやってみなければわからない、やったことがないのだから。それならやればいいだけだ。 「今、栗原さんは聞き分けスキルがレベル1。レベル20くらいになったら雨音の中にも何か違う世界が聞こえてくるかもしれないね」  レベル1、ゲームでいうところの攻撃力が1しか上がらない剣を持っているようなものだろうか。その剣を使いこなすにはレベルを上げなければいけない。もし雨の中から自分がびっくりするような音楽を見つけることができたら? 「雨って、毎回違う音に聞こえてるんでしょ?」 「はい」 「すごいじゃない。誰にも盗まれる心配のない楽譜が無限に転がってる。逆に言えば一期一会で、逃したらもう二度と聞くことができないからもったいないよね」 「……先生って、なんかその。すごく、凄いですね」 「なにその国語で減点されそうな語彙」  二人で笑いながら思う。見つけたかもしれない、私の生きる道。雨音が好きになれそうな、素敵な予感がした。  外は雨が降っている。まだ補聴器を外すのは怖いが、いつか雨が降り始めたら自分から嬉々として補聴器を外す日が来るのだろうか。
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