46人が本棚に入れています
本棚に追加
後日、静に呼ばれて近くのファーストフード店に連れ込まれた。
「べつに怖がらなくていいよ。君の話が聞きたいだけだから」
「……盗みに誘われるとかないっすか」
そう聞くと、静は弾けるように笑った。
「そんなことしないよ。それに、俺はよっぽど機嫌が悪くないと盗らないからね。ほら、聞かせてよ。どこに住んでるの?ピアスはいつ開けたの?」
きっとそのうち飽きるだろう。洸太はもう、諦めにも似た気持ちで彼に洗いざらい話した。
途中、話している自分たちのテーブルに、他人から何度も視線が注がれていることに洸太は気がついていた。皆静を見ているのだ。静の容貌は際だって美しく、どこにいても何をしても、皆の注目を浴びた。
その静が今、自分だけを見、自分の話を聞いている。静に注がれたすべての視線が束になるより、ずっと落ち着かなかった。
会合は何回も行われた。
洸太に話すことがなくなると、静は自身の話をした。
兄弟が多いとか、父親は市内にある病院の院長だとか、塾はどこだとか、卒業したらどこへ行くとか。
大体は噂通りで、洸太とはまるで住む世界の違う人間に思えた。
噂に聞いていなかったのは、そういう決められた人生から逃げたくなるときに盗むということ、彼がすでに中三の頃から万引きを始めたということ。そして――少し意外だったのが、旅好きだということだった。特に、行き先も決めないような一人旅が。
そんなふうには見えなかった。冒険とか放浪とか、そんな気配は微塵もなく、彼は徹底して穏やかだった。
だが彼は実際に何度か、知らない土地で買った土産を持ってきてくれたことがあった。この辺では見ないペットボトル飲料。しぶい郷土菓子。現地のスーパーで買った袋麺、お茶うけ、調味料。
あるとき、家族旅行で香港へ行ったといって、粉末タイプのインスタントドリンクを寄越したことがあった。
「鴛鴦茶っていうんだって。人生で飲んだものの中で、これが一番美味しかった。洸太も飲みなよ」
それは洸太が初めて知った彼の好物だった。
知らないことばかりだった。静のことを、もっと知りたかった。
それが友情でないことに気づくのに、時間はかからなかった。
洸太が高校三年生のときだった。
昔縁のあった不良グループとトラブルになった。
グループのリーダー格である笠寺は、もともと中学の同級生であった時分から、洸太を含めた周りの不良を可愛がっていた。童顔の割に少し大人びたところがあり、よくないグループと付き合いがあるという噂もあった。
だが何かと皆によくしてくれたし、洸太も彼を兄のように慕っていた。中学を出て、グループと疎遠になっても、笠寺からの連絡は途絶えなかった。
高三の秋口に、その笠寺から特殊詐欺の加担をもちかけられた。知り合いのグループがやっていて、ノウハウがある分安全なのだという。だが、それは切り捨てても良い下っ端のやるリスクのある仕事だった。
洸太は裏切られた気がした。彼が洸太を気にかけてくれたのは、洸太が従順で良い駒だったからなのだ、そう直感した。
失望の勢いのままに笠寺の誘いを断り、ついでに絶縁を申し入れた。
ほどなくして、洸太のアパートに空き巣が入った。その数日後には、玄関でボヤ騒ぎ。それも、一度や二度でなく、繰り返し執拗に続けられた。
笠寺が命じたことは確かだった。
彼は昔から、弟分の不始末をそうやって罰することがよくあった。それは悪意というより愛情表現の一つだった。
――かわいい弟、これくらいで許してあげるから、存分に苦しみなさい。
歪んでいるが、愛情には変わりなかった。つまり、たちが悪かった。
洸太は藁にもすがる気持ちで静に相談した。
静は洸太から笠寺の連絡先を聞き、彼と接触した。
それからややあって、ボヤ騒ぎは止まった。
静が笠寺と何を話したのかはわからない。彼いわく「少し取引をした」とのことだったが、それ以上のことは言わなかった。
だが、何かあったことは確かだった。静は当時通っていた大学の医学部をやめた。退学処分になったのだと、あとから笠寺に聞かされた。
「お前のせいだよ」
笠寺は電話口でそう言って笑った。
「お前が星崎を俺に引き合わせなければ、あいつも大学なんか辞めることなかったのにな」
最初のコメントを投稿しよう!