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静は学校中から注目と羨望を浴びていた。
まず、非の打ち所のない完璧な生徒会長として。それからその、嘘みたいな美貌で。
同じ高校の綺麗で胡散くさい先輩。それが静の第一印象だった。
ひんやりとした秋の夜だった。
学校からほど近い活気のないスーパーへ、洸太は空腹しのぎの菓子パンを買いに入った。
店内に入ってすぐ、静の姿を見つけた。
彼は文具コーナーにいた。安っぽくて寂れたその店内で、彼の姿は生きた薔薇の花みたいだった。つまり、かなり目立っていた。
にもかかわらず、彼はいとも簡単に、手に取ったペンを制服の袖にしまい込むことに成功した。
手指の流れはごく自然で、万引きというよりもスリに近かった。人気はあるのに、誰もそれに気づかない。過去に何度も万引きしていた洸太が見ても、見惚れるほどに美しい手付きだった。
だが当時、静にまつわる噂の中に、盗みを繰り返しているというものは当然含まれていなかった。
なぜ彼が。
自分のように、うらぶれた子どもたちならまだしも、なぜ彼が盗まなければならないのか。誰かに脅されているようには見えない。
なぜ。
洸太は湧き上がる好奇心に負け、その後ろをつけることにした。
レジを抜け、駐車場に出る。
秋の星が輝き、枯れ葉の匂いのする冷たい夜風が頬をかすめた。
静の背はもう手の届くところにある。
「あの、」
駐車場の出口で声をかけると、静はピタリと歩みを止めた。そのままゆっくり振り返る。行き来する車のライトに照らされて、端正な笑みが浮かんだ。
「うん?」
洸太の制服をちら、と見やりながら、静は穏やかに聞き返した。動揺は微塵も感じられない。飼っている仔猫でも見るような眼差しで、彼はじっと洸太を見つめた。慈愛の陰にどこか、他人を射すくめるような鋭さを隠した眼だった。
「……袖……、」
小さくそう言うと、静は一瞬驚いた顔をした。それからすぐ、
「……見たの?」
目をきらきらと輝かせ、洸太に一歩近寄った。
見間違いではない。彼はたしかに、万引きを指摘されて喜んだのだ。今まで学校で見てきたようなどんな顔とも違う、いきいきとした表情が静の面に満ち溢れた。
洸太は声をかけたことを心底後悔したが、もう遅かった。静はさらにズイッと洸太の前に歩み出て、洸太の手を握った。
「……すごいな!見破られたのは初めてだ。ずっと誰かに見つかりたいと思っていたのに、なかなか見つからなくて。嬉しいよ。きみ、同じ学校の子だよね。名前は?」
「……言いたくない」
言ったが最後、何をされるかわからない。静はなおも嬉々として洸太を問いただした。
「少なくとも三年生じゃないよな?見たことがないから。一年?」
「さぁ、」
「なんだ、つれないな。じゃあ明日、一年A組から順番に探していこうかな?」
そう言って目を細める。身も心も凍りつくほどに美しい笑顔だった。
あくる日、静は宣言通り一年A組から順番に洸太を探した。右耳にピアス2つ、そう嗅ぎ回ったらしく、B組の時点で誰かが「それはD組の大高だ」とバラしてしまったようだ。洸太はあっけなく静につかまった。
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