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程なくして車は神社に到着した。
参道は深い森だ。
駐車場から拝殿までの道は背の高い木々に覆われ、真っ直ぐに伸びた幹の足元を埋めるようにして、無数の紫陽花が植えられていた。
紫陽花はまさに見頃を迎えている。だが雨のせいか人の影はまばらだった。
洸太と静は、濡れた小道を歩いて社へ向かった。
小道の脇の紫陽花は背の高さほどに伸び、青い鞠のような花をいくつもいくつも垂らしている。鮮烈な青さだった。ずっと見ていない紺碧の青空が、そのまま珠になったようだ。
小道の中程で静はふと振り返り、洸太に手を差し伸べた。
「ほら、洸太、」
繋げ、という眼をしている。
洸太はしぶしぶ静の手をとり、そっと握り返した。
ひんやりとした、手の感触。
昨晩気づいたことだが、静の体温は生前よりずっと低くなっていた。といって、冷え切っているわけでもない。木肌にも似た、わずかな温みがあった。彼の身体が、猿藍の森の木々に重なっていく。
存外に、悪くない感触だった。まるで山と一つになるような。
やがて広い場所に出る。観光客と思しき何人かの男女が、あたりをうろついていた。
広場をぐるりと取り囲むように咲く紫陽花は、参道と比べるとずっと淡く、控えめだ。
ビーズのような粒花と、それを囲む装飾花がぽつりぽつりと咲いている。足元に小さく〈シチダンカ〉と書かれていた。
いつだったか、静と二人でここにきたときもこの花は咲いていた。それはまるで山に散る星くずのように見えた。
静にそう言ったところ、「星?」といって変に嬉しそうにしていたのを覚えている。己の名に星を冠しているからだろう。
洸太はこの花を見るたびに静を思い出すようになった。
「あ、カタツムリ」
静はその場にしゃがみ込むと、紫陽花の葉についていた小さなカタツムリを指す。
黒い縞模様が入っている。
「知ってるか。カタツムリは紫陽花の葉を食べないんだ。毒があるから」
「……へぇ、毒。きれいなのに、」
「きれいな花には毒があるって言うだろう、」
静はいたずらっぽく笑った。それから立ち上がり、手水の方へ歩きだした。
境内のほぼ真ん中で、静はくるりと振り返った。
「なぁ、東片の仕事を聞いたか?」
「……死んだ人の魂を運ぶって話?」
「まぁ、それもある。基本的な仕事は魂の運搬だ。
肝心なのはその先だ。やつら、魂を七日間好きな場所に置いたあと、別の場所に連れて行くんだ。
どこかわかるか?
別の神さまの所だ。
魂はな、高く売れるんだそうだ。多くは食用になるし、使役にも向く。人間の魂が欲しくてしょうがないって神様は、そこらじゅうにいる。
四片タクシーは、そういう奴らに他所から奪ってきた魂を売りさばいてるんだよ。分配の偏りを均しているだけ、なんて言ってたけど、実際どうなんだろうな、」
静の顔で金縁眼鏡が光を反射した。透明な笑顔で洸太をじっと見つめている。
「それって、」
もし静の話が――つまり、東片の話が本当なら、静は七日目に東片に連れて行かれたあと、ここではない何処かに売り飛ばされるということになる。
「……先輩は、」
胸が痺れ、吐く息が浅くなるのを感じる。
「それでいいんすか。そんな簡単に売られて、いいんすか……」
少なくとも、洸太は嫌だった。
「いいわけがない。」
「じゃあ、どうするつもりで……、」
彼は何かを企むような顔で、に、と笑った。
「ナイショ」
気づくと最後の参拝客が消え、森の境内には、洸太と静の二人だけが残された。
それまでニコニコと笑っていた静の手から、急に傘が離れていく。
傘は地面にぶつかると音を立てて跳ね上がり、逆さになって止まった。
静がその場に崩れ落ちる。
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