Day 3

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 空が白み始めた頃、洸太は車内で目を覚ました。  こめかみのあたりがズキン、と痛む。  隣では静が洸太の肩にもたれながら寝息を立てていた。その頭をそっとシートに戻すと、音を殺しながら車のドアをあけ、外へ出た。  人の影はなく、はるか遠くを流れる激しい川の音以外は何も聞こえない。あたりには灰青の霧が漂い、髪や肌を冷やしていく。  このあたりは古い民家が多い。木の壁や、トタン屋根の軒下に、夜の残り香のような闇が潜んでいた。  ふと、頭上で雀がチュチュ、と鳴く。  そばにあった電柱を見上げた瞬間、鳥の声はかき消され、〈ゴォン〉という低く滑らかな山の泣き声が聞こえた。  どこで呼んでるんだろう。  ふと、上着のポケットに突っ込んだ手が、何かにあたった。  事故現場を訪れた際に、笠寺から受け取ったマッチだった。  今どきマッチを常備しているホテルも珍しい。だが洸太にはそういうホテルに心当たりがあった。  マッチを取り出して、書かれた名前を見る。 〈ホテル アンジャベル〉  母方の親戚である、朝子のホテルだった。  それはかつて静が働いていた場所でもある。  笠寺はそこに泊まっている。  雨が降っているうちはそこにいると言っていた。  洸太は振り向き、遠く山の方を仰いだ。灰色の霧が山を包み、空と山の境目は曖昧になっている。 ――笠寺は今、何をしているのだろうか?  もし、今も山にいるのなら――静に会えばいいのに。  最後の日に約束していたのは、彼なのだから。  洸太はその道をまっすぐに歩いた。この先をずっと行くと、山の入り口だ。  頭が痛い。  山がよんでいる。  吸い込まれるような黒さの山を仰ぎ見た瞬間、背後から声がした。 「洸太、」  透明な佇まいの静が立っていた。 「どこいくの。」  眼差しは優しく、同時にどこか戒めるような鋭さがある。 「戻れよ、洸太。」  なにか不思議な呪文でも唱えられたかのように、洸太の身体は自然に静の方へと歩んでいった。  すぐ目の前まで来ると、静は洸太の肩をそっと抱いた。 「お前、」  すぐさま、額に手を当てられる。 「熱があるぞ。早く帰って横になれよ」
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