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『どうもぉ、大高さん、おはようございます』
電話ごし、あのねっとりとした笑みが目に浮かぶ。
今頼ることができるとしたら、彼の他にない。
洸太は祖父に仕事を休む旨を連絡したあと、東片に渡された名刺の番号に電話をかけた。
電波が悪いのか――いや、電波なんて彼らに関係があるのかわならないが、ともかく東片の声はどこもかしこもざらついていて、雨の中で会話をしているようだった。
『いや、ちょっとわたくしもまずいと思ってたんですよ。なんだか想像以上にお山が怒ってて。ひょっとして、星崎さんもう連れてかれちゃいました?』
「わからない、」
何から話していいのかすらもわからなかった。洸太はほとんど残っていない冷静さを必死に絞り出しながら、東片になるべく簡潔に状況を説明した。
『ははぁ』
東片は珍しく、困った声を出した。
『そりゃ山にもってかれたのかもしれません。やぁ〜困りましたねェ〜』
いかにもわざとらしくそう言ったあと、少し間があいた。ザァザァという音が後ろで鳴り続けている。
『どうしましょう?』
「……どうって、」
『わたくしは車で探しに行きます。営業成績に直結しちゃうんでね。大高さんは?ついてきますか?』
洸太は躊躇しながらも答えた。
「行く」
ものの五分で、家の呼び鈴が鳴る。
東片は、あの日と全く同じ出で立ちで、玄関に立っていた。紺のロングコートは、きっちりと首もとまでダブルボタンが留められ、揃いの帽子と、両手にはめられた白手袋がいかにも胡散くさい。
彼は洸太を水色のクラウンの後部座席に乗せると、行き先も打ち合わせぬままに車を出した。
古いエンジンの温かみのある音が後部座席に響き渡る。
車内は意外にも手入れが行き届いていた。革と織布の混合張りの座席はふかふかで、やわらかく腰を包み込んでいく。
洸太の熱は下がったもののまだ身体はだるかったので、思いの外心地よい座り心地にいくらか救われた気分がした。
「さあ、どこから探しましょうかね。」
「あてはあるのか」
「わたくしには全然。考えられるのは、星崎さんが死んだ場所か――あとはもう、大高さんのほうがよくご存知なのでは?思い出の場所とか、そういう系の……」
思い出の場所、と言われてピンとくる場所は、多くはない。静が生前勤めていたホテルか、猿藍の神社か――。
ともかく思いつくところを順番に回る。まずは静の死んだ場所だ。
車は一切の信号を無視して進んだ。
赤信号の交差点を直進した際、右からトラックが突っ込んできたので洸太は思わず目を閉じたが、衝突しないばかりか、トラックは洸太たちをすり抜けて向こうへ走り去ってしまった。
どうやらこの車は、周りに見えず、また触れられないようである。
「しかし参りましたねぇ。何だかお山の空気が濃くて、ピリピリしてる。兎和山さん、相当怒ってるみたいですねえ……わたくしも、やらかしちゃったなぁ」
雨に煙る町を車はすいすいと走る。
「何をやらかしたんだ、」
「星崎さんから聞いてないですか?」
「魂を他のやつに売り飛ばすって話だろう」
「イヤですねぇ、そんなに怒らないでくださいよ。これはわたくしと星崎さんの契約なんですからね。でも、話はそれだけじゃないはずです。星崎さんがどんどん眠たくなっていく話、聞きました?なぜ、そうなるのか」
なぜ、という話は聞かなかった。
理由があるのだろうか。
「お薬を飲ませてあるんです。水色のきれいなお薬ですよ。それを飲むと少しずつ昏睡状態になっていく。まあ、麻酔みたいなものです。星崎さんはあのお山と大部分が癒着してましてね。それを剥がすのに、どうしても、深く眠っていただく必要があるんですよ。
飲んでから、大体七日ですっかり効くようになってます」
「だから迎えが七日なのか、」
「ええ。体と魂の限界はそこですからね。でもよくないことに、兎和山はそれを嫌がってます。わたくしはバレないようにそぅっとやったつもりなんですがね。まぁ〜バレちゃいましたね。兎和山さんはカンカンですよぉ」
ふざけた口ぶりのせいでどうも真剣な話には聞こえない。だが、山が怒っているのは確かなようだ。山が泣き止まないことを、祖父は気味悪がっていた。
「それに、あなたのおばあさまが夢枕に立たれたのも、お山のせいでしょうな。星崎さんが帰ってこないから、代わりを探し始めてる。穴埋めしようとしてるんですよ……」
そう東片が言い終えないうち、洸太は窓の外になにかを見つけた。
男の影だった。鉄塔に囲まれた広い田んぼのあぜ道に、男が立っている。
見覚えのある服。
「ストップ!」
洸太の声と同時に、急ブレーキがかかる。身体が大きく前方に押し出され、助手席のシートの背に押し付けられた。
「もぅ〜なんですかぁ?」
迷惑そうな顔をしながら、東片が洸太の指さした方を見た。
「俺の知り合い、」
笠寺だった。
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