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ズボンの左ポケットの中で、携帯が震えている。
「大高さん、さっきから鳴ってますけど、いいんですか?」
運転席からこちらを覗く東片の顔に、わずかに疲労の色が滲んでいた。
洸太は緩慢な動作でポケットを探り、鳴り続ける携帯をとりだして画面を見た。登録していない番号からだ。
「……もしもし、」
『洸太ちゃん?』
朝子だった。
『笠寺さん、目が覚めたんだけど……その、出て行っちゃった。止めたんだけどね、どうしてもって。車で出ていったの。体は大丈夫みたいなんだけど、心配で……』
「……そうですか。わかりました、連絡ありがとうございます」
聞こえていたのか、東片が困り顔でこちらを向いていた。
「笠寺さん、またどっかいっちゃいました?」
「そうらしい。」
「星崎さんを探すより、笠寺さんを探したほうが早いかもしれませんね。あの人を導いているのが星崎さんなのか山なのか知りませんが。あの人駒にしやすそうですからね。見るからに弱そうだった」
「弱いわけじゃないだろ。少し……気が滅入ってるだけだ。」
「それを弱いというのですよ。他人の付け入る隙があるんですから。
その点あなたは不思議ですねぇ。隙だらけに見えて、未だに山に連れ去られてないんですから。お祖母さんが呼びに来ても、ついて行かなかったんでしょう?」
あの晩見た祖母の幻覚や、意識の溶けていく感覚から洸太を引き上げたのは、静の声だった。
洸太、と呼ぶ、声。
静が守ってくれたのだろうか。
「なんにせよあなたは利用されづらい。これは幸運ですよ。誰かが正気でおらねばならないのですから。さぁ気を取り直して。」
東片は車をとばした。
目的地は猿藍だ。
狭い道をゆく車内で、洸太は窓の外を流れる景色を眺めた。どこもかしこも灰色の靄がかかっている。
国道に出た直後、珍しく東片のほうから話しかけてきた。
「――われわれのお仕事にご興味は?」
「……ない、」
それは残念です、と言って東片は笑った。
「このご時世、たいへん人手不足でしてね。ご興味があればぜひと思ったのですが。」
「生きた人間でもできるのか、」
「ふふふ。死んでないとだめですね」
「……、」
「そう硬い顔なさらず。いろんなものが会社から支給されるんですよ。まぁ普通に金銭も支給されますがね、一番はやはり、仕事で送った人間の魂です。おいしいんですよ」
「おいしいってお前、喰ったのか、」
「ええ、たくさん。それがうちの会社でドライバーをやる一番の理由です。
われわれと会社の契約はこうです――取った魂の九割は、御成約された神さまのもの。残りの1割は、ドライバーのもの。それぞれ好きにしますが、食べるやつが一番多い。
うちの会社は完全出来高制なんで、要領のいい同僚なんかは相当食いためてますよ。肌なんかツヤッツヤで」
「……、じゃ、先輩はお前が食べるのか、」
「一割ですよ」
「……、」
東片はカラカラと笑った。
車は神社の駐車場に入っていく。
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