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雨に濡れた駐車場には、黒い高級車が一台停まっていた。このあたりのナンバーではない。笠寺の車だろう。
車を降りる。雨は激しく、あたりは灰色に烟っている。
猿藍の森は水墨画のように彩度を失い、紫陽花だけが鮮やかな点描となって咲いていた。
駐車場を歩く途中、地面が小刻みに震えだした。
「地震……」
洸太が言った直後、雷が落ちるような凄まじい音が耳をつんざいた。稲光は見えない。
残響が尾を引く中、隣の山で白い煙が上がっているのが見えた。
「あらま。土砂崩れですかね、」
「……じいさん……、」
「はい?」
東片が怪訝そうに覗き込む。
「あそこ、孤塚だ。……じいさんの家がある」
体中に冷えた血が巡っていく。
「おや、たいへん」
洸太は携帯を取り出し、寿史の連絡先を探した。
いつもかけているのに、こういうときに何故か、画面の中でその名前を見失う。何度も連絡先を行ったり来たりして、ようやく見つけた彼の電話番号に繋ぐも、
「――、」
呼び出し音ばかりが虚しく響いた。
「東片、今からでも向こうに――」
震える声を、東片が制する。
「大高さん、今からでは何もできませんよ。われわれは神社に急ぎましょう。あなたにできるのはそれくらいだ」
彼は顎で道の先へと促した。
今戻ったところで、自分には何もできない。
何も。
「さぁ。」
白手袋の左手を差し伸べる。
洸太はその手を取り、参道へと急いだ。
迷路のように細い参道は、数日前と変わらず紫陽花が咲き乱れていた。禍々しいほどの青色だった。
その中を、二人で足早に進んでいく。
東片の歩みはしっかりとして迷いがなかった。
「四片タクシーの四片ってね、紫陽花のことなんですよ、ほら、がくが四片あるでしょう」
ひとりで変に気の抜けた世間話を始める。
「うちの社長、紫陽花が好きなんですよね。人を惑わすような色だし、そもそも花じゃないし、毒がある。まるで人を食ったような植物だ。星崎さんも、同じ理由でお好きなようですよ。縁がある」
シチダンカの、淡く慎まやかな花と金縁眼鏡が頭をよぎる。
「……おや、」
振り返った東片が怪訝そうな顔をした。つられて洸太も後ろを見る。
歩いてきた参道の坂道が、半分、茶色の水に沈んでいた。
立ち止まっているうちに水位はどんどん上がっていく。
思わず携帯を確認する。だが川が氾濫したという情報はない。
水はすぐそこまで迫っている。
「急がないと我々も沈みますね。さぁ行きましょう」
水に追い立てられるように、参道を進んだ。
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