てん、ててん

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 初めて彼に会ったのは、土砂降りの雨の日。  それまで上機嫌で私達を照らしつけていたお日様が急に顔を隠し、分厚い雲は雷を引き連れて我が物顔で空を占拠した。当然のように降り出した大きな雨粒の群れは私達の視界を遮り、聴覚を支配し、行動を制御した。  成す術もなく駅の構内から出られずに立ち尽くす人の群れの中に混じっていることが嫌になった私は、意を決して雨の中に一歩を踏み出した。  傘は持っていなかった。仕事用のスーツも鞄も、もちろん防水ではない。履いているパンプスは昨日下ろしたばかりのとっておきだった。それでも、じめじめとした人と空気の中にいるよりよっぽど気分が良かった。  一度濡れてしまえば、後はもう気にならなくなった。駅から家まで徒歩十分。誰も歩いていない通りを、いつもより大股で歩いた。走るのは雨に負けた気がして癪だし、かといって喜んで酸性雨に打たれているわけでもない。  途中少しだけ近道することにした。いつも歩いている歩道を逸れて、公園の中に足を踏み入れる。公園を斜めに突っ切れば、ほんの数十秒短縮出来る。  誰もいない公園を抜けようとしたとき、彼に出会った。  傘もささず、身体を丸めるようにしてビニールシートに座っていた。彼の前に広げられた作品の上には透明なビニール(後で聞いたらごみ袋だったそうだ)がかかっていて、私は思わず立ち止まってしまった。
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