1人が本棚に入れています
本棚に追加
「ママ。おてがみきてたよ」
ふくふくとした指につままれたつややかな桃色の封筒、その色を見た瞬間、私は悟った。
「……ママ?」
「ごめんね。ちょっと待っててね」
速くなる鼓動をなだめながら、おそるおそる封を切る。封筒と同色の便せんには宛名と同じ筆跡でこう書かれていた。
『僕の心臓を食べにきてほしい』
この一文の下には、海が見える病院の名前、それにKの名前だけが添えられていた。
「ママ、どうしたの?」
「……なんでもないわ」
あれから何年もたったというのに、Kは私のことを覚えていてくれた。そして私に心臓を食べる権利を与えてくれた……。
「なんでも……ないの……」
青くて醜い心臓を食べさせたいと思ってもらえること、それは私にとって究極の愛情表現だった。あの日、Kはなぜ私に心臓を食べてほしいのかわからないと言った。けれど私にとっての答えは今も昔も一つだった。だからこの手紙は私にとってKからのラブレターに他ならなかったのである。そして私の答えも決まっている。今も昔も、変わらない。
しかし心臓を食べる日が来たということは……そして指定された場所が病院ということは。
「……ママ?」
「なんでも……ないから……」
震える手で思わず我が子を抱きしめる。我が子の奏でる健やかな鼓動を全身で感じながら、私はそっと涙を流した。
「……明日、一緒に海に行こうか」
了
最初のコメントを投稿しよう!