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思わず銃を下ろす。直後、強い地響きが鳴って天井が割れた。佑一は見て後ろに下がり、少女──梨絵は見ずに後ろに飛ぶ。
砕かれた天井と割れた蛍光灯が弾け、共に落ちてきたのは黒い物体の《NE》だった。幾つもの脂肪の塊をくっつけたような体はぶくぶくとしている。人間の形は成しておらず、人間の腕のようなものが六つもある。それなのに足はなく、蛭のような、芋虫のような下半身だった。
前方に伸びた顔をして、口は更に尖っていた。鋭い歯が無規則に並んでいる。まるで魚人間のような顔だ。
『■■■■■■■■!』
黒く濁った金色の瞳が別々に動き、二人を捉え、金切り声のような雄叫びを響かせる。
──マザー級の《NE》か!
《NE》が佑一に突っ込んできた。アサルトライフルを構える暇はなく、手放して腰に携えていたタクティカルトマホークを振り抜いた。
分厚い刃が深く首元に食い込み、《NE》の動きを止めた。
離した銃のストックを踏みつけて跳ねさせ、グリップを握って銃口を《NE》の口に突っ込んで引き金を絞る。フルオートで発射された5.56ミリ弾は、《NE》の肉を切り裂き、骨を砕く。肉体を穿つ弾は勢いを殺すことなく、体内をズタズタにして抜け出ていった。
三〇発入りマガジンを使い切り、トマホークを手放して間合いを広げる。
全ての弾丸を命中させた。普通の生物ならば即死する。
普通、なら。
『■■■■■■■■ァァ■■!』
血反吐と臓物を撒き散らしてもなお、《NE》は生きていた。
「相変わらずの生命力だな」
佑一は素早くマガジンを交換する。
間髪入れず撃とうとした時、急に梨絵が《NE》に向かって飛び跳ねた。思わず引き金から指を離してしまった。
梨絵が振り下ろした刀は《NE》の腕を切り落とした。《NE》は金属を擦り合わせたような甲高い悲鳴を挙げながら、残っている腕で梨絵に掴みかかる。
しかし、梨絵は《NE》の攻撃を見て躱した。長い白髪すらも掴ませず、溢れ出す血潮すらも浴びることなく。踊るかのように、滔々とした川のように流れ動き、躱し、斬っていた。
佑一は構えを解いていた。美しかったからだ。その光景は、もはや美しいものだった。梨絵を主体とした一つの絵画。《NE》は無残にも膾斬りにされ、梨絵を際立たせるだけのものだった。
たった数秒で、あれだけ巨大だった生物が肉の塊に解剖されていた。腕を落とされ、胴体を離され、下半身を斬られて。
それでも《NE》はまだ生きていた。
正しくは、その心臓部分が。
バラバラにされた体が液状化し、中からひょっこりと出てきた巨大な蛭のような物体が、小刻みに蠢き、体を跳ねさせていた。これがマザー級の《NE》の心臓であり、生命を司るコアであり、いわばもう一つの生命体。その命を殺さぬ限り、何度でも再生し、蘇る。
コアを梨絵はただ見下ろしていた。刃で突き刺すことなく、ただじっと、憐れむかのように見下ろしていた。
佑一は近づき、履いているトレッキングブーツで踏み潰した。肉を潰した感触。命を踏み潰した柔らかい感触。それでようやく、この怪物は死んだ。
顔を上げると、梨絵は血振りした刀を鞘に納めて歩き出していた。佑一を見ることなく、死んだ《NE》を見ることなく、ただ俯いている。
「梨絵」
反応はなかった。梨絵は割れた部屋の窓に開け、足を掛けると、躊躇なく飛び降りた。
慌てて見下ろすと、梨絵は壁や障害物を蹴り跳ねながら降りていた。七階から飛び降り、地上で待っていた車に乗った。その車は何事もなかったかのようにビルを後に走り去った。
「まさか……彼女も?」
薄々気付いていた佑一は確信し、携帯電話を取り出した。
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