第一章 三上佑一の出会いと世界の日常

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◇  任務を終えた佑一は迎えに来た車に乗り、いつもなら住んでいるマンションに向かうところを、今日は別の場所に向かわせた。  千葉県船橋市。自衛隊習志野駐屯地。  装備を入れた大きなバッグを背負い、施設内を歩いて行く。日付が変わりそうな時間で人気はないが、警備をしている自衛隊員はいた。しかし隊員は佑一を気にすることはなく、逆に気さくに話しかける者もいた。  挨拶を交わして歩き、一つの建物に入る。とある一室の前で立ち止まり、ノックした。 「三上佑一。入ります」 「入れ」  男の低い返事を聞き、音を立てないように扉を開けた。個室の部屋の中央には来賓用の高級皮ソファーとテーブルが置いてあり、奥には窓が備えてある。  窓を背にして机に着席していた男の体格は大きく、着用している制服が筋肉で張っている。短く刈り揃えた髪に白髪が少し混じっているものの、まだ四〇代前半である。剃刀のような目が、知らず知らずのうち威圧感を与えていた。  藤村(ふじむら)弘幸(ひろゆき)。陸上自衛隊の特殊作戦群に所属。階級は二等陸佐である。 「座れ」  座るよう促され、佑一はソファーに腰を下ろし、藤村は向かい合って座る。 「市街地の状況はどうだ?」 「《NE》が多いです。今日も三件ありました。そのうち一件はマザー級がいました。街の中にこれだけ紛れ混んでいるのは脅威です」 「そうか……。言い訳ではないが、ISCから提供される《NE》の出現データは完璧ではない。かといって私達が調査している出現地域の索敵も完璧ではない」 「ISCと安全保障理事会は一枚岩ではないですし」 「ああ。《NE》の活動が活発化し始めた頃、世界各国で被害が生じ、安全保障理事会は緊急会合を開催した。しかし、脅威であるものの、平和的に解決できるような相手ではなかった」 「《NE》対応における各国の軍事行動に対する承認決議でさえ、他国への侵略行為に使用される名目と批判してましたね。拒否権を行使する常任理事国が出る始末で、協力するなんてなかった。各国の思惑も絡まり合って《NE》対処が遅れたなんて、笑い話にもなりませんよ」 「痺れを切らしたのが当時のアメリカ大統領だ。満足に軍事行動が展開できない状況を打破すべく、民間軍事企業を利用して《NE》対処に乗り出した」 「今でこそ英断と言われてますけど、一歩間違えばそれこそ侵略行為でしたからね。まぁ、おかげで安全保障理事会は各国の軍事行動を承認したんですけど」  戦争国際法での位置づけが不明瞭で、「業務」としての行動はジュネーブ条約に規制されない民間人による《NE》対処││それにより《NE》被害の深刻な状況を把握した安全保障理事会は、《NE》対処として各国の軍事行動を承認した。 「数年後、《NE》対処専門の国際機関……国際特別協議会(International Special exception Council)──通称ISCが設立される、と。《NE》への対応や状況把握、各国も軍隊派遣の要請など平和維持活動の他に、《NE》打倒を目的とした教育機関の設立や、民間軍事企業への業務要請や支援、軍需産業からの支援や販売取引、協力体制を促したおかげで、今の状況維持に繋がったんでしょうね」 「そのおかげでISCの権力は増す一方だ」  全てが順調にいっている訳ではなく、問題がない訳でもない。それでも。世界は今や軍隊と民間企業、それに教育機関をも巻き込んだ《NE》打倒の為に動いていると言っても過言ではない。自衛隊もその一部となっており、佑一もまたその一部である。
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