第1章 Seed《種》8

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第1章 Seed《種》8

 いつもの時間にアラームが鳴った。  まだ重い身体を引きずるようにシャワーを浴びる。  身支度を整えたら何事もなかったかのように、いつも通りリビングのテーブルに腰掛けた。 「おはよう、おじいちゃん」 「おお、リリアス。そういえば昨日の夜中、うちの庭でエンジン音がしなかったか?」 「うちで? 僕の部屋からはわかんなかったけど」  嘘は得意ではない。  しらばっくれながらシリアルをしゃくしゃく咀嚼するが、心拍数はぐんと上がっていた。  用心してエンジンを切ったまましばらく引いて歩けば良かった。 「お隣のウェルズさんじゃない? 先週ばったり会ったとき残業がつらいって言ってたよ。弁護士って大変なんだね」 「そうか? もっと近くで鳴ってる気がしたんだが」  わざとらしく時計を見上げながらリリアスは立ち上がる。 「あっ、もうこんな時間? 今日は一限目からだから早く行かないと遅刻しちゃう!」 「リリアス」  射貫かれたような声に身体がこわばる。 「は、はい?」 「なんで半斤もバゲットなんか持ってるんだ?」  祖父は、リリアスが両手に抱えていた食材に目をやる。 「僕の、お昼ご飯だよ。最近やたらお腹すいちゃって、足りないんだよね」  目が泳いでいないか定かではなかったが、祖父はにこっと笑顔を見せた。 「そうかそうか。沢山食べるのはいいことだ。おまえの身長はまだ伸びるはずだぞ、ハムとチーズも持って行きなさい。今包んでやるから」 「う、うん。ありがとう」  子供の頃から、リリアスの食の細さを祖父は人一倍心配していた。  挙動不審を見破られなかったことに心底ほっとしながらリリアスは「行ってきます!」と玄関扉を閉めた。
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