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第1章 Seed《種》10
「なんだ、獣族が珍しいか」
不躾でたしなめられると思ったが、意外にも熊はおかしそうにくすくす笑う。正直に頷いた。
「はい。すっごく小さい時に路上で踊るクジャク科の獣族女性を街で見かけことを覚えていますが、それだけです」
「ああ、移動型獣族だな。そりゃ獣族なんて滅多には見かけねえか。おまえ、かなり育ち良さそうだもんな。このばか広い屋敷だけ見ても、どんな暮らしっぷりかおおよそわかるってもんだ」
ポットに淹れてきたコーヒーを恐る恐る渡してみると匂いを嗅いで熊は青い目を細めた。
人間のように表情が作れなくても、ちゃんと嬉しそうに見えるから不思議だった。
声音が豊かだからかも知れない。
昨日までは恐ろしいだけだったが、大きな熊がコップを両手で持つ姿はポップでかなりかわいい。「熱い熱い」と言いながらコップの中に舌を入れ嗜好品を楽しんでいる。
リリアスは小学校に入った年のクリスマスにプレゼントでもらった、大きなテディベアを思い出した。
自分との体積比はちょうどこれくらいだったはずだ。
あのテディベアが人格を持って動きだしたようで胸がきゅんと鳴った。
「生まれもこの家か?」
「いいえ、高校卒業までヨーゲン州で暮らしてました。両親は今もそこに住んでいます」
「人族九十七パーセントの州か。なんでまたこんなディルモントくんだりに?」
「父と祖父がOBのディルモント州立医科大学に通わされているからです。ここは祖父の家で、大学を卒業するまで住まわせてもらう予定です。元々この部屋も診療所の一部でした。十年前に閉局しましたが」
「マジかよ。じゃあおまえも医者ってことか? 俺はラッキーな人族に拾われたんだなあ」
「まさか。僕はまだ二年を終えたばかりのド素人で、しかも落第寸前の落ちこぼれです。今あなたが生きてるのは奇跡ですよ」
「あはは、そりゃ神様に感謝だな」
「信じてるんですか?」
獣族にも宗教や信仰はあるんだろうか。気になってリリアスは訊いてみる。
「いんや。人族の口癖をまねてみただけ」
熊は鋭い歯を右側だけぎらっと見せた。
多分これは笑っているのだろう。
人型のときに見たシニカルな顔を重ねて、脳内で補正してみる。
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