第1章 Seed《種》13

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第1章 Seed《種》13

「いいですよ、じゃあお一人でここから移動するっていうことですね?」 「いんや、俺が歩けるくらい回復するまでしばらくおまえにここでかくまってもらう」 「はあっ⁉ なんで僕がそんなことしなくちゃ……」  テオの言葉に思わず大きい声で返してしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。  聞こえはしないだろうが、まだ一階には祖父がいる。 「言っただろ、国のシステムが面倒なんだよ。ここはディルモント州だ。獣族の対応に詳しいやつが何人いると思う? 身分証明も持ってない、負傷した獣族なんかがこんな格好でひょっこり出てきたら大ごとになるだろう。まずすんなり軍には戻れない。捕らえられるくらいならまだいいが獣族病院のある州に搬送されでもしたらどうする? 俺はこの先くたばるまでバカ高い搬送代を支払って生きなきゃなんねえ。そんなの絶対ごめんだ。回復して勝手に軍に直行するほうが、よっぽど金も時間も節約できるんだよ」 「だ、だからって、僕には何の関係も…」 「おおありさ。なんで森の中でおもむろに裁縫セットが落っこちてんだよ? この傷、誰が治療したんだって当然なるだろ。そしたら俺はおまえの名前を出すだろうなあ、州立医科大三年のリリアスくん。あれ、そういえばおまえのじいさんは獣族反対派なんだっけ? じいさんが知ったらなんて言うだろうなあ?」  言い終わったクマは右の口角を上げ、器用にぎらっと牙を出した。  これは多分、笑っている。 「ひ、卑怯ですよ……っ!」  厳しい祖父の事だ、そんなことがバレた日には叱られるどころじゃ済まないだろう。  もはやただの脅しじゃないか。  名前なんかバカ正直に名乗らなきゃ良かった。 「俺を助けちゃったのが運の尽きだな。大丈夫、ちょっとの間我慢してれば、じきに傷も治るさ。そうしたらこっそり出て行くから安心しな。リリアスは俺が飢え死にしない程度の食料を届けるだけでいいんだ。熱帯魚でも預かったと思って」 「こんな大きい熱帯魚がどこにいますか!」  とんでもないやっかい事に巻き込まれてしまったと頭を抱えたが、テオはまるで気にしていない様子で、引き続き優雅にコーヒーを舐めている。  リリアスに選択肢がひとつしか残されていないことを知っているからだ。
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