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第1章 Seed《種》18
「良い職を選ぶにはまず良い教育を受けなきゃなんねえだろ? それには人族のいるたっかい地税の地区に住むことが最低条件なのさ。だが獣族にそんな金はないんだよ。マフィアでもやってりゃ別だがな」
「住む土地のお金が払えないから、まわりまわって職業を選ぶことができないってわけ……?」
テオがこくりと頷いた。
「そゆこと。俺のじいさんもそのまたじいさんももずーっと大昔からハディドネイ暮らしだ」
若干声音が暗くなったリリアスだったが、別分気にした風もなくテオは続ける。
「職業を選べないとはいえ俺なんてまだいい方さ。軍獣は獣族の中じゃ花形だからな。給料も悪くないし社会保障も多少厚い。微々たるもんだが退職したら年金だって貰える。大きく産んでくれた親に感謝だな」
「でも、戦場に駆り出されていつも危険が伴ってるじゃない。僕が引き返さなかったらテオは森で死んでたかも知れないんだよ? 獣族権なんて、平等なんて、とんだ嘘っぱちだ。なんで政府は対策しないの?」
だんだん怒れてきて、リリアスは一人で息巻いた。
「戦争も嫌な仕事も、誰もやりたくねえが存在するからには誰かがやんなくちゃいけねえ。じゃあ、誰にやらせればいい?」
「嫌って言えない人……」
「その通り。この国の低所得者帯はほとんど獣族で占められてるのはそういうことだ。獣族は貧困のままでいてくれた方が国には都合が良いのさ。とはいえ年寄りたちの話聞いてると獣族解放前はもっとひどかったからな。役立たずの法でも憲法に乗ってるだけマシさ」
「そんなの、不公平だっ……」
両手を膝の上でぎゅっと握りしめたら、テオは茶色の眉を少し下げた。
なぜかテオが申し訳なさそうにしている。
「世の中そういうもんだよ、リリアスぼっちゃん」
前脚がぽん、と頭の上に乗った。
ねぎらうような声だった。
理不尽な思いをしているのはテオの方なのにこちらを気遣ってくれている。
今まで医者の家系に生まれたことを心底ついてないと嘆いてきた。
でも自分が嫌だと本気で訴えれば、せめて両親や祖父を説得することはできる。まだ選択の余地はあるのだ。
親の金で悠々自適に暮らしているし、なんとなく大学を卒業すれば病院を継がせてもらえるし、生涯食べ物には困ることすらないだろう。
だが自分が獣族に生まれていたらどうだっただろうとリリアスは想像する。
ついてないどころじゃない。
想像も付かない絶望の中で生きなくてはいけなかったかもしれない。
自分はどれだけ恵まれている人生なんだと、愕然とした。
無知と甘い考えをこれほど情けないと感じたことはなかった。
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