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第1章 Seed《種》5
「ありがとうございます。麻酔、探したんですがどこにもなくて、ちょっとだけ痛いの我慢できますか? くれぐれもその姿のままで、変化したり爪を立てて暴れないでくださいね!」
「はは、嬢ちゃん、威勢がいいなあ」
顎を上げ笑ったのでようやくリリアスは男の顔を拝むことができた。
鼻がしゅっと高く唇も薄いから一見冷たい印象なのに、幅の広い二重の奥にある青い瞳は垂れていて柔和さが目元に凝縮している。
顔の上半分と下半分で雰囲気が異なる、不思議な顔立ちだった。しかし全体的に見てみると格好良いことに間違いはない。
人族でもこれほど整った人を見かけることは珍しく、指名手配犯としてニュースで取り上げられる獣族の顔面とも大きく異なることから、リリアスは二重に驚いた。
「傷、見せてください!」
男が体勢を横にずらす。
現れた傷口を改めて確認すると夕食のシチューが胃の中からせり上がりそうになるが、どうにか口を押さえてとどまった。
また人型の熊がシニカルに笑う。
「おいおい、大丈夫か? まさかゲロで傷塞ぐんじゃないだろうな?」
「減らず口はきけるようですね。では遠慮なくいきますよー!」
まずは意を決して脚に一発目の針を通す。手術の実習はまだ未経験だったため、不安で手元が震えた。
「いっ! てえ…」
男の顔が大きくしかめられる。
「我慢です! 何かで気を紛らわせて!」
「あるーひ、…もりのー、なか」
あろうことか虫の息で森のくまさんを歌い出す。誰の心情だよ、全然笑えない。しかしリリアス自身の恐怖を薄めるのにもその外れた音程のシュールな童謡は幾分役立った。
歌詞が『花咲く森の道』の部分に突入したら、男は苦しそうに大きく息を吸った。
リリアスは危険を察知して何歩か後ずさる。
すると、男は一瞬でまた熊に戻ってしまった。
肉体の膨張に合わせてぶちぶちぶちっと縫ったばかりの糸が切れる。
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