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第1章 Seed《種》7
家に着いたら、地下室へ直接繋がっている外側の階段からほとんど斜面を滑らせ、熊を運び込んだ。
リリアスがぜえぜえ息を切らしている中、熊は「ご苦労だったな」と暢気なものだ。
「とりあえず、ここでしばらくの間じっとしてください」
棚にあった毛布をかき集め床に敷き詰めたら、その上に熊を寝かせる。
「でっかい屋敷だなあ。お嬢ちゃんが、本物の金持ちだったとは。ここで一人暮らしか?」
「いいえ、祖父と二人暮らしです。祖父は老人で耳が遠いですが気はしっかりしています。獣族反対派なので、くれぐれも静かにしてください」
「そりゃ見つかったら厄介だな」
と言いながらなぜか面白そうに低い声で笑う。
どれだけ図太い神経をしているのか瀕死の熊は会ったときから落ち着き払っていて、焦ったり怖がったりしているのはずっとリリアスだけだった。
「朝になったら再度、隙を見て様子を伺いに来ますので」
したたる汗を拭いて、リリアスは再度外に繋がる扉を開けた。
これから獣族を助けた証拠を隠蔽して何事もなく朝を迎えなくてはいけない。
ドアを閉める前、熊に話しかけられた。
「お嬢ちゃん」
「だから僕はお嬢ちゃんじゃないですってば」
「名前は?」
「リリアス・クラーク」
「リリアス。……助けてくれてありがとうな」
初めて聞いたお礼の言葉だった。
そして無表情であるはずの熊の顔が、にっと笑った気がした。
「森のくまさん。今はとにかく眠ってください」
茶色の毛に被われた獣族は床でゆっくりと目を閉じる。
その後、一通り道具の後始末を終えて部屋に戻ったリリアスはふうっとようやく大きく息を吐いた。
疲労と安堵でベッドに倒れ込む。
汗でべとべとした身体も気にすることなく、それから朝まで気を失ったように眠った。
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