出張の昼食②

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出張の昼食②

遠くに出張した時の最大の楽しみは、その土地の美味しいモノを食べたり、ちょっとした休憩時間に風景を楽しんだりすることである。 港町とか海の街に出張すれば当然に海鮮丼や刺身定食が美味しいお店に行くことになるのだが・・ 仕事の途中で上司と一緒の昼食。 部長は当然のように刺身定食が超人気の店に決めて入った。 当然にこうなるよねと課長は内心胃が痛い思いをしていた。この課長はワリと好き嫌いが多い男で、生の魚とかは苦手なのであった。 係長もまた内心では困っていた。この係長は、酒が大好きな男で、酒の失敗が祟って出世が遅れて、この3人の中では一番歳上なのだが、未だに係長で末席なのである。そんな酒の大好きな係長にとっては刺身なんてものは酒のつまみ以外の何物でもなく、酒がなければ刺身は食べられない体質になっていた。仕事の途中の昼間から酒を飲むワケにもいかない。 困り果てた課長も係長も素早くメニューを隅々まで見て、同時に800円の天丼を見つけて、これだ、これしかないと決めた。 店員さんが注文を聞きにくると、部長はえびす顔で刺身定食を注文した。 「すいません、天丼にします」と課長が申し訳なさそうに天丼を注文すると、「す、すいません、私も天丼で」と係長も続いて注文をした。 「はい、天丼ね」 部長の刺身定食の時とは明らかにトーンが違った不機嫌そうな態度で店員は注文を取った。 この店まで来て天丼かよと内心思っていた。代金が800円ということもあるが、何より、せっかくここまで来たのだから美味しい地の魚を食べてもらいたいと思った。 殆どの客は大人気の刺身定食を注文するので、当然の如く刺身定食モードになっていたのに・・ 「おや、お二人とも刺身は苦手でしたっけ。すいませんねぇ、こんな店を選んでしまって・・」 部長は、すいませんという言葉とは裏腹に不機嫌そうに言った。 せっかくの遠出出張だから、地の美味しいモノを食べて共に楽しみたいのが人情なのに、よりにもよって、ふたり揃って天丼とは・・。 部長ではあるが、この3人の中では最年少だから、先輩たちに美味しいモノを食べてもらいたいと事前にググっと一生懸命に調べたのに、全くのムダになった。 「すいません、好き嫌いが多いものでして」と課長が申し訳なさそうに言うと早速刺身定食が来た。 「すいません、私も好き嫌いが多くて・・」 と係長も申し訳なさそうに頭を下げた。 刺身はとても美味しそうだ。これで一杯やったら最高だろうなと係長は思った。 そんな係長の表情を部長は見逃さなかった。 「美味しい魚があると、お酒が好きな人は飲みたくなりますよね。午前中で今日の仕事は終わって午後からは大した仕事もないことだし、せっかくの出張だから、ちょっとぐらい飲んでも構いませんよ」と部長が言った。 部長は、酒はたしなめる程度で好んでは飲まない人である。 「すいません、お昼からお酒なんて、めっそうもございません」と頭を下げる係長を見て部長は苦笑いをする。 「すいません、すいません、本当にすいませんでした」と係長は平謝りに謝って平身低頭に頭を下げる。どうやら酒癖の悪さは、部長にもやったことがあるようだ・・。 「すいません、天丼です。お待たせ致しました・・本当にすいませんでした」 店員が平身低頭に詫ながら天丼を持ってきた。 先程の対応の悪さを大将にこっぴどく叱られたのだ。天丼だって大将のオススメの逸品なのに、あんな悪い対応では、お客様にも、大将が精魂込めて作った天丼にも失礼極まりない。 「すいません」 「すいません」 詫びまくりの恐ろしく気まずいランチタイムは続く・・
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