取り調べ

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取り調べ

最近は、利益を与えて恩義を感じさせて警察官に都合がいい供述を誘発する『面倒見』と言われて禁止されているが、ひと昔前は容疑者の取り調べといえばカツ丼を食べるのが定番であった。 出前代金は警察官のポケットマネーから支払われていた。 昔昔のある春のことである。 『ハレンチコート』と呼ばれて世間を騒がせた全裸にコートを羽織って女性の前でコートをはだける露出狂の男が捕まった。 男は罪を認めて取り調べにも素直に応じている。 「まあ、腹が減っては取り調べも大変だろう。刑務所に入れば当分はまともな食事もできないだろうからカツ丼でも取ってやろう」と警察官は出前を取ろうとするが・・。 「すいません、カツ丼は苦手でして、できれば他のものが・・」と犯人は申し訳なさそうに言った。 「じゃあ、親子丼にするか」 警察官は内心ラッキーだと思った。カツ丼は500円だが、親子丼は400円で済む。自腹は極力少なく抑えたいものだ。 「すいません、鶏肉も苦手でして・・」 犯人は本当に申し訳なさそうに頭を下げる。 「わがままなヤツだなぁ。何がいいんだ?」 「すいません、天丼で」 明らかに機嫌が悪くなった警察官に犯人は恐る恐る食べれるものを言ってみた。 「なに〜、天丼だと〜。100円も高いじゃないか」とつい本音を叫ぶ警察官。 カツ丼は500円だが、天丼は600円もするのだ。 「すいません、本当にすいません」と犯人はペコペコと頭を下げる。 「まあいいよ、100円ぐらい。気にするな」 一生懸命に詫びる犯人の姿に哀愁を感じて警察官は特別に天丼を取ってやることにした。 「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」と犯人が頭を下げると、 「好き嫌いが多過ぎるぞ。直した方がいいぞ」と警察官は学校の先生のように諭した。 「すいません」 そんなやり取りをしているうちにカツ丼と天丼が届いた。 「すいません、取り調べには何でカツ丼なんですかね?犯人が勝つように縁起を担いじゃダメなような気もするんですが」 犯人は素朴な疑問を訊いてみた。確かに一理あると警察官は思った。今まで、当然のように取り調べにはカツ丼だと思ってきたが、カツは勝つと縁起を担がれることもあるから、それを犯人に与えるのは確かによろしくないかも知れない。 「だから警察官もカツ丼を食うんだ。何度も言うけど自腹だからな」と警察官は咄嗟に思いついた反論をしてみた。 「じゃあ、この状況は最高ですね。おまわりさんは勝つで、おいらはテンプラ。見事に星が揚がりましたね」 「上手いことを言いやがるな。まったく調子のいいヤツだ」 「すいません、すいません」 犯人はペコペコと頭を下げるが、警察官と犯人が微笑みをかわす束の間の和やかな時間が流れた。 「で、本題だ。何であんなモノを出したんだ?ダメじゃないか」 「すいません、女性がそこにいたもんで・・つい出したくなっちゃうんですよね」 「ふざけるな!真面目に答えなさい」 本題の取り調べの犯人の返答があまりにふざけていると思ったので警察官はつい語気を強めた。 「すいません。でも、真面目に答えてますよ。何で出したかって、理由はそれしかないですよ」 「おおっ、そうか。理由はそれしかないか。大きな声を出して、すいませんね〜」 犯人が泣きそうな顔をしたので、警察官は声を荒らげたことを詫びた。 「しかし、随分と自分勝手で短絡的で変態的な理由だな」と呆れた警察官は何気にヒドいことを言う。 「それが露出狂ってもんですよ」と犯人はバツが悪そうに頭を掻いた。 「もっとちゃんと反省しなさいよ。お前がそんなことをしたと知ったら、お母ちゃん悲しむぞ」 と警察官はお母ちゃんを使った泣き落としに出た。 「すいません、母は昨年亡くなりました」 と犯人は悲しそうな顔をする。 「そうか、悪いことを言ってしまったな。すいませんでしたね〜」 と今度は警察官が申し訳なさそうに詫びた。 「まあ、独りで寂しいのも分からないではないが・・」と警察官は同情的に言うが・・。 「すいません、こう見えても妻と娘がいます」 と犯人は申し訳なさそうに言った。 「何だって〜!妻と娘がいるだと〜!」 警察官は驚いた。露出狂なんてやるヤツは大体は独身の寂しい男と相場は決まってるのに、結婚して娘までいるとは・・。 「すいません、本当にすいません」 犯人はバツが悪そうにひたすら詫びる。 「それじゃあ、なおさらやっちゃダメじゃないか。奥さんや娘さんがそんな被害に遭ったらどう思う?」 警察官は呆れ果てながらも厳しく説教をする。 「すいません、本当にすいません。すいません」 犯人は一生懸命に詫びて取り調べは続いていく。
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