出張の昼食

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出張の昼食

サラリーマンにとって仕事の一番の楽しみは昼食。であるが、時には気を遣い、ドキドキと神経をすり減らす修羅場でもある。 例えば、上司と一緒に出張した昼食。 上司が美味しい店があると言い出して問答無用で行ったら、ランチは千円を超えるという、お高めの店だった。 上司は1500円の人気のランチ定食をご所望のようだ。 部下Aと部下Bは冷や汗をかいて顔を見合わせる。 内心では、ふざけんなよ、こんな高い店と思っている。生活も大変で小遣いもなかなか増えないのが平社員というものだ。 冷や汗をかいて素早くメニューを隅々まで確認したら・・あった、天丼ランチ800円。 店員が注文を聞きに来た。上司は当然のごとく1500円のランチ定食を注文した。 部下Aは冷や汗をかきながら「すいません、天丼をお願いします」と注文した。 ほとんどの客が人気メニューの1500円ランチを注文する状況で、これはなかなか勇気のいる行動である。 よかったと涙目になって部下Bも「私も天丼で、すいません」と注文した。 上司と店員の視線がやたら気になって仕方がない。 上司は不機嫌そうに新聞を読み、部下ふたりはスマホをいじる、ちょっと気まずい待ち時間。 よくこんなの見つけたなっていうぐらいメニュー表の隅の目立たないところにあった天丼。一番安いとはいえ天丼に800円。天丼やカツ丼なんてワンコインで食べれる店もある。上司さえいなかったらワンコインで済んだのにと思うと恨めしい。 「お待たせしました〜、天丼です」 「続いて天丼です」 店員が明るい声でふたりの天丼を持ってきた。上司のランチ定食はまだ来る気配もない。 「気にしなくていいですよ。冷めないうちにお先にどうぞ」と上司はにこやかに言ってくれるが、目が笑っていない。明らかに機嫌が悪そうだ。 「すいません」 「すいません」 と上司に詫びて部下ふたりは食事を始める。漬物をかじったり、味噌汁をちびっとすすったりして上司の定食が早く来ますようにと祈りながら時間を稼ぐ。 なかなか来ないので、ついに天丼を食べるしかなくなって、ちびちびと食べるのだが、全然食べている気がしない。 恐ろしく気まずくて長〜い時間が流れて上司のランチ定食がやっときた。上司は不機嫌そうに食事を始める。高いだけあってメチャ美味しそうなランチなのに、上司というものは何で不機嫌そうに食事をするのだろうか・・ 美味しそうに食べればいいのにと思う。 上司は上司で、自分ばっかりいいものを食べてすいませんと心の中で詫びているが、部活がそれを知る由もない。 やがて店員が、お会計の伝票を持ってやってきた。何とか無事に昼食が終わったと安心したのだが・・ 「本日は天丼感謝デーとなっておりまして、天丼をご注文のお客様にサービスです」 と言って店員さんがデザートをテーブルに置いてくれた。あろうことか、1500円のランチのデザートよりも豪華で、しかも、上司の大好物である。 「おおっ、よかったじゃないか」 と上司は微笑んでくれたが、明らかに目は笑っていない。 「すいません」 「すいません」 不機嫌そうに自分のランチのデザートを食べる上司に詫びながら部下はサービスのデザートをいただく。多分メチャ美味しいのだろうが、味わうことなんてできない。食べた気もしない。 やっぱり昼食は、上司がいない方がいいのである。くつろげもしない昼食なんてイヤだ〜。
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