76 大冒険

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「大丈夫? 忘れ物ない?」 「ない。ばっちし」 「パスポートは?」 「持った」 「飛行機のチケットは?」 「大丈夫」 「お金は?」 「平気」  もう何回も確認しまくったもん。 「……気をつけてね」 「うん」  突然なんだけどアメリカに行きたいって言ったら、親はびっくりして、少し僕の顔を見て、大学は? って訊いた。  夏休みが終わるまでには戻ってくるって答えたら、「そう……」って返ってきて。  アルバイトは? ってまた訊かれたから、店長に調節してもらったって答えた。店長と、それから坂部さんも協力してくれたんだ。長シフトに変えてくれたりして、僕の代わりをたくさんしてくれた。何度もありがとうございますってお辞儀をしたら、むしろ稼げるからいいよって、笑ってもらえた。  そして、アルバイトも支障ないですと答えた僕の顔をじっと見て、お母さんたちは気をつけてねって、言ってくれた。  ――大学生だし、男の子だし、少しくらい冒険した方がいいわよって。 「行ってきます」  言ってくれたんだ。 「行ってらっしゃい」  かなり遅くにやってきた、夏休みの大冒険。  ほら、僕ってインドア派だったから、夏休みに虫とりも、川遊びも、山で秘密基地作りもしなかったんだ。だから、そんな全部をぎゅっとまとめて一つにしたら海を飛び越える大冒険に。 「……よし」  好きな子に会いに行く、大冒険へ、僕は出発することにした。 「わ……」  空港に着くと、ドラマや映画で見たことのある場所に一人なのについ声が溢れた。  本当にこんななんだなぁって。  空港近くの駅までも結構な冒険だったんだよ。スカイライナーなんて初めて乗ったし。しかも、ぼっちでさ。もうキョロキョロしまくり。グリーンに見つかっちゃったらイヤだから、内緒にしたくてSNSに写真を載せることもできなくてさ。けど、山本にはちょっと報告したくて、写真送りまくってた。こんななんですけどーって。  山本はその都度返事をくれた。  ――おー、すげー。  とか。  ――迷子になるなよー。  とか。  ――あ、あれない? 新番組記念でアニメのポスターがいっぱい確かあるはず。  とか。近かったから、そこ行って写真撮って送ってあげると喜んでくれてた。 「……すご」  だから、この空港の風景も写真に撮って山本に送った。  このあとは手荷物検査とか、あるんだよね。引っかからないよね。小さなハサミでもダメなんだって。タバコはそもそも吸わないからライターとかは大丈夫、あとは平気かな。  ソワソワしつつ、辿々しくもスタッフの人の笑顔と慣れた誘導のおかげでどうにか手続きは完了。  ここから乗り継ぎを二回もする。  辿り着けるまでは合計で十五時間超えるし。もう、ぶっちゃけビビりまくりだけど。人から見たらすっごい挙動不審で、不安そうで、どうしたどうしたって感じなんだろうけど。きっと、僕が家族で見てたテレビ番組で小さな子がお使いを頼まれて不安そうにしてる顔以上に不安そうだろうけど。 「……ふぅ」  けど、行くんだ。  大丈夫。  この道を君は一人で来たんだんだから。 「あ、えっと、チケット、これ、です」  僕に会いたいと来てくれた。  だから今度は僕が君に会いに行くよ。  大冒険の果て、君に――。 「んんんんー!」  最初の海を渡る便が一番なっがい。もう寝るのも疲れちゃうくらい。それから途中で出てきた機内食、美味しかったけど、おやつ? なのかな。フルーツの、メロンが野菜みたいに甘さゼロでびっくりだった。メロンは瓜科っていうのをすごく実感した。  食べながら、これが海外の味なのかなって思って、グリーンにこのこと訊いてみようって思った。メロンが嘘みたいに野菜だったんだけどって。  それから乗り継ぎして。  途中、空港から見た日本とどことなく違う景色を一枚写真に撮っておいた。もちろん山本にも送って、今、ここの空港だー! って、伝えて。  なんかすげぇな。大冒険じゃん。っていう日本語の返事に安心して。  あ、機内食の「ビーフオワチキン」をリアルに尋ねられて、ニヤニヤしながら「ビーフ」って答えた。これもグリーンに教えてあげようと思った。「ビ、ビ、ビーフ」って辿々しくなったけど伝わって嬉しかったって。  ねぇ、初海外で二回も飛行機乗り継ぐなんて無謀だよね。超勇者な気がしてきた。あと、キャビンアテンダントの人の優しさに藁をも縋る気持ちで色々頼りました。ありがとう、キャビンアテンダントさん。 「ぅ……わ」  すご。  日本人、いない。  あと、思っていたよりも都会だ。グリーンの生まれたところ。あ、でも、新しくしたんだっけ。最近。なんかハイテク。 「わぁ」  ここからグリーンは日本に来た……んだよね。  そこかしこでコーヒーの香りがする。日本ではあんまりこんなにコーヒーの香りってしない気がする。それから、行き交う言葉が英語だ。ほぼ英語。  グリーンはこれが毎日なんだ。  ほぼ僕にとっての外国語しか聞こえない。  不安だったり、寂しかったりしなかった?  どんな気持ちだったんだろう。  日本で過ごして、日本に来て。  ここから海を越えて。 「わ、あ」  空港の外に出ると真っ青な空が拡がっていた。 「……ついに、来ました! っと……」  写真にはカンザス国際空港って英語で書かれた看板と青い空。それを添えてSNSにアップして、ガードレールに腰を降ろした。  心なしか日本よりもずっと高く広い気がする空は眩しくて。 「読むかなぁ……グリーン」  時差、ないんだ。今が昼間で、グリーンのいるところも昼間。同じ時間を過ごしてる。そして、グリーンが気が付いてくれるのをのんびり待とうと思いながら見上げた、青い空にグリーンの青い瞳を思い出した。
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