夏だ!編 4 憂いの平凡受け

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 僕がBLという萌え遭遇してからもう十年近くになる。  で、その約十年で作り上げられた僕の鉄板的、自分が思うBLの法則が今現在崩れかかっている。 「ごめんね。男子トイレが珍しく混んでた」 「ううん。大丈夫」  実はトイレに行くまでの数メートルでも、罪なき一般人女子を毒牙に……いや、毒牙じゃないか。でも、目の形だけはハート型に変形させちゃったのかと思ってました。 「面白そうな新刊あった?」 「んー……こっちとこっちで悩み中」  BLはファンタジー。  もう十年不動だった法則。  僕のこの鉄板的法則を根こそぎとっぱらっちゃいそうな僕のイケメン彼氏の目の前に、究極の二択を突き出した。 「オメガバースと……スパダリ溺愛もの……」  うーん、って唸ってる姿さえも絵になるなんてさ。  今日は大学終わりに本屋さんに行きたくて。今、原稿もしないといけない中、本屋デート中。  本当なら大学の後、そこから歩いてグリーンの部屋行って、原稿して……まぁ、えへへ……えへ、へへ。イチャイチャしてみたり? とか?  そんなはずなんだけど、今日は本屋に行きたいから一回バスに乗って駅まで来てる。で、このあと、グリーンのアパートに戻る感じかな。バス代は、定期があるから全然大丈夫。大学から駅までの区間ならバス乗り放題。って言っても別にその区間に面白いものがあるわけじゃないけどさ。 「難しい二択だね」  グリーンが唇をキュッと結んで、眉もキュッと寄せた。  紙本を買う時は厳選して厳選して、「読みたい」本五十冊から選び抜いた一冊のみにしてる。じゃないと部屋の中があっという間にBLで埋め尽くされて、掃除ができなくなっちゃうから。  オメガバースと溺愛スパダリ、この究極の二択にグリーンが渋い顔をした。  その渋い顔すら、はい、カッコイイ。  今日だって駅へと向かうバスの中で優先席に座っていたおばあちゃんがグリーンのイケメンっぷりに堕ちた。優先席なのにグリーンに席、譲ろうとして、大慌てでグリーンが遠慮して。その様子におばあちゃんのんほっぺたさえピンク色にさせちゃってた。  本屋さんに来る途中では登りのエスカレーターに乗っていた僕たちと、正反対、下りる方に乗っていた女子……高校生かな。数人の女の子たちから「エグいイケメンいた」なんて褒められてるのか悪口なのかわからないこと言われてた。  とにかく漫画の世界か! って言いたくなるくらい遭遇する人を逐一落としてく。  目をハート型にしちゃうんだ。  そんな人が僕の彼氏。  ファンタジーだと思ってたモテて仕方ないスーパー攻め様が現実にもいて。  リアルに僕と恋愛してる。  んだもんなぁ。 「うーん」  ホント、事実は小説よりも奇なり、だよ。  そして、ふと思い出した。  前に結構よかった実写BL。本当に結構よかったから劇場版の円盤買って、その特典映像が舞台挨拶で。主演のイケメン俳優さんが、その舞台挨拶で「学生の時とってもモテていて、近隣の学校からも生徒が見にくるそうですね」なんて言われていて、そんなことあるの? 見に? 来ます? なんてぼんやり思ったっけ。まぁテレビ出ちゃうくらいだもんね。映画の主役やれちゃうくらいだもんね。そのくらい本当にかっこいいと有り得るのかもしれないなぁって思ったけど。  本当でした。  本当に近隣から見に来る人がいます。  本当に歩いているだけで数人が堕ちます。  あと振り返られることは多々。  そんな実写BL的なイケメンが彼氏。 「やっぱりオメガバースものかな」  なるほど。  とりあえず今日買わなかった方は次回電子で買うからいいんだけどさ。 「帯が気になった」  なるほどなるほど。実は僕もそうです。  溺愛スパダリの帯には、どうして僕なんかを、あんたみたいなのが――愛されることに不慣れな野良猫は溺愛されて愛玩動物へ、だそうです。美味しいです。ありがとうございます。たいへん好みです。  そして、オメガバースの方の帯には「お前は俺のもんだろ」って書かれてて、アルファの中のアルファ、キングに愛でられる下層オメガは今日も――って書かれている。  なんですか? 今日も――どうなっちゃうんですか? っていう、まぁ大体わかるけれども。けれどもね。嫉妬しちゃう攻めと嫉妬されちゃう受けは何倍でもおかわりできちゃうんです。いくらでも。  そんなわけでオメガバースに。 「じゃあ、レジ行ってくる」 「あ、俺も一緒に」  でも、実は最近、BLはファンタジーではないけれど、リアルはBL漫画よりも色々あります、って感じで、さ。 「え、いいよ。ここで待っててよ」 「ううん。一緒に行く。そのまま帰ろう」  オメガバースのこれ、めっちゃ面白そう、なんだけどさ。  事実は小説よりも奇なり、だけど、小説みたいなナイス設定はそう転がってない、んだよね。 「はーい」  グリーンはめちゃくちゃかっこいいよ。誰彼構わず恋させちゃうレベルだよ。 「へぇ、このオメガバースの作家さん、他も面白そうだよ」 「げ、グリーン、今それ見せられるとまた迷うから!」  でも、僕は平凡でさ。 「あはは、ごめん」  だから、まぁ烏滸がましい話ですが。 「いらっしゃいま、せぇ」  ほら、また一人、グリーンのハンサムさに落っこちた。  ちらりとグリーンに視線を向ける店員さんを見ながら、平凡受けな僕は。 「あ、袋、いらないです」 「かしこまりまし、たぁ……」  また物思いに耽るのであった。
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