1 夢で、花で、ビバな大学生

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 これは持論だけど、BLはファンタジーだと思う。  世の中、そんなにイケメンは溢れてないと思うし、そんなに「俺! お前のことだけは性別関係なく好きになっちまったんだ!」なんてこともないと思う。  リアルとは全然違うものなんじゃないかなって。  だからこそ楽しいんだし。  だからこそ夢中になれるんだし。  だってさ、リアルはそんなに、さ――。  ついに、ここに来た。  僕は、ここに、ついに、来ちゃったんだ。 「うわぁ……」  憧れの地。 「すげぇ……」  同人誌! 即、売、会。 「ぅ……」  ずっとずっと来てみたかった。  でも、来れなかったんだ。  電車で二時間半。運が悪いと三時間はかかっちゃうけど、行けない距離じゃない。新幹線も乗らないし、ホテルに前泊することもない。いや……ちょっと前泊って楽しそうで憧れるけど。でも、そんな苦労をせずともいける行動範囲内ぎりぎり。  けれども、来てはならなかった。  なぜなら、僕が高校生だったから。  十八歳になったって。  十八歳になったって!  高校生のうちは来れないわけです。  それは仕方ないわけです。  SNSもフォローできません。  もちろん買えません。  仕方ないんです。高校生だから。  そりゃもう大学生になった瞬間、即フォローしまくったよね。そして一日で僕のタイムラインが夢の世界に変わったことに感動しまくってさ。  鍵垢だってフォローできちゃう。  あんなサイトだって覗けちゃう。  読めちゃう。  眺められちゃう。  もう! ビバ! 大学生! この日を目指して受験だってめちゃくちゃ頑張れた。  そのくらい、僕は大学生になりたかった。もちろん、就職とか進路とかも、まぁ、ちゃんと? それなりに? 考えて大学生にはなったけれども、受験のあの苦しさを乗り越えるモチベになったのは、このオタ活なのはいうまでもないわけで。 「うぅっ」  そしてついに、今日、ついに来ました!  来ちゃいました!  買えちゃいます!  大手を振って、あの先生の、あのクリエさんの、あのフォローしている人のを買えるんです。壁サーに並ぶことだってできちゃうんです。もうこの日のためにリサーチ済み、あそことあそこ、それからあっちにもいく予定。お土産も準備万端。サインもらう気満々。  夢の大学生。  僕の夢は大学生にならないと叶わない。  花の大学生。  大学生にならないと、R指定は買えない。大学生にならないと。 「はうっ」  大学生、って、素敵すぎる。大学生って――。 「あ、いたいた! 青葉!(あおば)」 「! は、はい!」 「お前、何、こんなフロアで仁王立ちしてんの? 嬉しさと感動のあまりフリーズしたか?」 「山本。死にそうだけど、死んでないよ。まだやり残したことが僕にはある」 「だよな。ほらほら、サークル設営準備するんだろー」 「……あ」  そうだった。こんな即売会会場の入ったところで高い天井に目を眩ませながら感動に浸ってる場合じゃなかった。祝初即売会デビューで、そんでもって、無謀にも祝初サークル参加、なんだった。サークル入場は八時、一般参加者入場開始まで二時間。二時間もあるなんて余裕で設営完了って思ってるけど、どうなんだろ。そうでもないのかも。ほら、続々とサークルさんが入ってきてるし、既に結構皆さん設営の方をテキパキ始めちゃってるし。 「俺らも頑張ろうぜ」 「あ、うん!」  そして二人で自分らの机の番号へと辿り着き、そこに置かれている印刷所さんからの箱に感動してみたり、ポスターなんかもちょっと置いてみちゃったり。  なんかして。  この初サークル参加の費用捻出のためにと高校生の時からバイトだって頑張ったくらい。いつか、いつか参加するんだ! って。 「にしても、やっぱ男、いないなぁ」 「まぁね」  やっぱメインっていうか大半が女の人。  まぁ、仕方ない。基本、このジャンル好きな人って女の人だし。男子が多い即売会もありますけれど、ジャンルというか、分野が違うんです。僕と山本は。その中でもまた別れるわけですよ。僕と山本では好みの系統が違っててさ。山本は、その、ほら、ちょっと僕には刺激が強すぎる……あれよ、あれ。表紙さえレジに出すを躊躇うようなドえろすが好きなので。しかも小説。  僕は全然違ってて――。 「あ、けど、さっき、男もいた。何人かすれ違ったぜ。さっきもポスタースタンド借りに行ったら見かけたし。ゼロってわけじゃないんだろうなぁ。しかも、すっげぇモデルみたいな人もおった」 「へぇ」 「コスプレの人かなぁ」 「コスありだもんね。今回」 「金髪だったし。サングラスしてたから顔は見えなかったけど、あれはイケメンだった。ここの西エリアにいたから同士っしょ」 「性別が一緒ってだけで同士」 「顔面レベル違うけどな。けど、そう思うだろ。仲間じゃーんってさぁ」 「確かに。性別だけでも確かに仲間意識持っちゃうかも」  リアルでなら僕ら地味ーズと絶対に接点なんてないだろうイケメンだって、ここでは同士になっちゃう。  そう、僕らがいるこの西棟はジャンルとしては、ビーがエルしてるとこ。それのまた細分化されたジャンルがあるんだけど、とりあえずこの西にいる人は全員漏れなく、ビーがエルしてるのが大好きな人しかいない。  ビーが。  エルしてる。  BL。 「あ、やっば! もう九時過ぎてんじゃん」 「え、嘘! マジ?」 「案外早いなぁ。設営ってこんな時間かかるんだな。知らんかった」 「うん」 「ほら、やば、急いで並べようぜ! そんでこの段ボールはもう捨てちゃって大丈夫?」 「あ、うん。あ、けど、その箱はとりあえず置いとく」 「オッケー」  そして僕たちは、会場時間までにと大急ぎで設営に取り掛かった。  けど、そんな設営の慌ただしささえ楽しくて。 「設営完了ー!」 「いえーい!」  二人で憧れの写真を撮って、そのことをSNSにアップするという夢が叶ったことにも感動で。 「あ、っていうか、そろそろ開場じゃん。青葉、並ばんくて平気?」 「え、けど山本は?」 「俺は全て取り置きお願いしてある。今回、俺の狙ってた大手参加してないんだよ」  そう言って、山本が狙っているサークルのある島の方へと視線を向け……たのを追いかけて僕もそっちを見て、ちょっと一人慌てた。だって、すごい絵面なんだもん。触……手とか、なんか、あぁ、そんなの大きく印刷しちゃって、ちょっと刺激が強すぎます新大学生には。 「そ、そうなんだ」 「だから大丈夫。思いっきり並んでこい!」 「う、うん」  そして、壁サーにすでにできてきている行列へと急いで並ぶことにした。 「わ……すご」  壁サーの行列ってあんななんだなぁ、なんてさ。初参加の僕は見るもの全てに感動しまくってた。もう参加することだけで、夢の中で、ふわふわ足元がおぼつかないくらいだから、並ぶのだって楽しくて。みなさまのお顔が映らないようにあっちこっちと気をつけながら、パシャパシャ撮りまくってはSNSで大騒ぎして、それを僕のサークルで  売り子として待機してくれてる山本こと、ヤマ、からリプライが届いて、またそれに返事をして。  すっごい内輪感がすごいけど、こういうのも憧れてたんだ。  現地におります! ここです! ここここ! みたいなの。  いつもは指を咥えて見てただけだったから。 「……あ」  あの人、かな。  山本が言ってた、金髪のイケメン。  確かに目立つなぁ。なんのコスプレの人だろ。まるでBLから飛び出したみたいじゃん。もう歩いてるだけでコス完成じゃん。  すごいなぁ、あんな人もいるんだなぁ。 「あの……前」 「あ! す、すみません!」  後ろにいた人がすごくものすごく困った顔で、小さな声で、僕の前を指差すともう列はどんどんジリジリ進んでて、気がつけば、このイベント最大のターゲットであるとある商業作家さんの素敵十八禁本にもう手が届く寸前まで来ていた。
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