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婚活
「…今回もご縁がなかったということで…。お力になれず申し訳ございません。」
目の前に座る婚活コンシェルジュの斎藤は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「い、いえ、そんな、私が悪いんです。こうやって女性の方と話す分には緊張しないのに…」
私はそうやって謝られることに対して劣等感を感じ、惨めになっていった。捻くれ者で、根暗で、不細工で、話し下手で、趣味もなくて…こんな女誰が拾ってくれるのだろう。
お金だけあったって、やっぱりダメなんだ。
「次こそは大丈夫ですよ。きっと良い男性は見つかります。いいえ、見つけます!三島様の出されている条件は謙虚でとても良いと思います。ただ、三島様もご理解頂けているとは思いますが、もう少し、会話を頑張ってみま…」
「あの、もう、ちょっと休んでもいいですか?」
「え?」
斎藤は目を丸くして驚いた。
「そ、そうですか。かしこまりました。休会する形でよろしいですか?」
「はい。色々としてサポートしてくださったのにすみません。」
「い、いえいえ、とんでもございません!時にはお休みすることも大切です。休会手続きの書類をお持ちしますね。」
斎藤はニコリと笑って、席を立つ。ポニーテールがサラリと揺れる。そのまま書類を取りに行ってしまった。
彼女は仕事熱心でキラキラしている。そして、私のサポートもしっかりしてくれる素敵な女性だ。こんな女性ならすぐ結婚できるだろう。
悪いのは私。彼女の眩しさが私の劣等感に繋がってしまった。
…もう、疲れちゃった。
「ふぅ…」
天井を見上げため息をつく。天井のライトをぼんやりと見つめて、瞼を少し閉じる。
タッタッタッタッ。足音が聞こえた。
「お待たせ致しました。こちらの書類に…」
チリンチリン。ガチャリ。
相談所の扉を閉めた。ジリジリと太陽に照らされてアスファルトからの熱気が私の体力を消耗させる。私は耳にイヤホンをつけてそのまま駅に向かって歩き出した。
…1人で歩いていると色々と考えてしまう。
生活のこと。
友人のこと。
結婚のこと。
そして
両親のこと———。
その日は、父が入院している病院へお見舞いのためにやってきた。父の好きなお菓子を片手に、白い廊下を黙々と歩いた。時々看護師さんに会釈される。父の病室が見えてきた。病室に近づくにつれ、会話が聞こえてくる。
『…子はまだ結婚しないのか……。』
『ちょっとお父さん、もうすぐ優子来るんだから…』
『母さんも僕も優子より先に死ぬ。その後のことが心配だ。天涯孤独は辛い。僕は優子が幸せになった姿を見て死にたい。』
『死にたいだなんて…ただの胃腸炎….でしょ…。』
『希美、自分の身体は自分が1番分かるんだ。もう隠さなくたっていい。覚悟はしている。』
『信雄さん…』
『僕はずっと仕事人間で、希美と優子に時間を割いてやれなかった。あの時は稼ぐ為に仕方ないことだと思っていたけど…』
母の啜り泣く声が聞こえてきた。私は病室に入れず、ただただ立ち尽くしていた。父は胃腸炎なんかじゃない。末期の胃癌だ。
父は普段から口数が少なく自分の考えをあまり言わない人だった。私は父の考えていることがよくわからなくて少し苦手だった。父は仕事で忙しく、子供の頃の父との思い出はほとんどない。そこに不満は無かったし、私たちのために働いてくれたわけだから感謝もしている。
『もっとあの子のことを可愛がってやればよかった。遊んでやればよかった。もっと怒りたかった。もっと褒めてあげたかった。』
病室の壁越しに聞いた父の細い声。私は父が私のことをどう思っていたのか今の今まで知らなかった。
———優子はまだ結婚しないのか。———
その言葉がずっと頭の中をグルグルと駆け巡っている。
これは父の最後の願い。それは私の幸せだった。
初めてだ。父が私に対して何かを望んだことは。私はそれが嬉しかった。まぁでもこんなアラサーになってから父の思いを知ることになるなんてね。
私自身、結婚なんて全く興味なくて、ずっと独り身でも良いと思っていた。そもそも、男の人とも話すことはままならず、重度の引っ込み思案。友達だって片手で数える程度。だから恋愛なんて生まれてから一度もしたことが無い。
大学卒業後、そこそこ良い企業に就職できたため、質素な一人暮らしをすれば、多少余裕があるほどの稼ぎはあった。それで思い切って結婚相談所に行ってみたけど結果は予想通りの惨敗。今まで何もやってこなかった"無駄"と思っていたことがここにきて足を引っ張るとは思わなかった。
「はぁ…。」
お父さんはもう長く無い。早く素敵な男性に出会って、結婚式にお父さんを招待したかったのに。娘として父に恩返しがしたかった。なんで休会しちゃったんだろう。自分が惨めで泣きそうになる。
私はカバンにしまっていたスマホを取り出し、奴に電話をかける。
プルルルル…プルルルル…。
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